第164話 ---優しい贈り物

「私、あなたのことが嫌いだった」


可愛らしいストロベリーブロンドの少女がそう言った。


レスティアでマリアローゼと別れ、マリアローゼの父である宰相達と、夜通し旅をしている。

オリーヴェとリトリーは護送用の馬車とは別の馬車に乗せられ、降りることは禁じられていた。

馬車に据えられたベッドの上で、眠ったままのリトリーと過ごして2日目の夜のこと、

彼女が目覚めたので、マリアローゼからの手紙を渡したのだ。

それを読み終わった後に、リトリーはそう口にした。


「迷惑をかけてすみませんでした。私、何も覚えてなくて…」

「……手紙に書いてあった……あなたはヒロインに戻ったんだね」


ヒロインというのが、物語の主人公だったり主人公の恋人だったりする存在なのは分かっているが、

オリーヴェがそうだと言われると、何か違う気がして、何も言えないままリトリーを見ていた。


「最初、あなたに会った時、邪魔だなって思った。

私はヒロインの人生を横から奪ったから。

だからヒロインのあなたに邪魔されるのが嫌で……

でもすごく懐かしかった。同じような記憶があって、同じ話題で盛り上がれて…」


何かを思い出すように、少しの沈黙が流れた。


「うまくいくと思ってた。この世界を知ってるから、有利だって思ってた。

見た目だって可愛いし、主人公の人生奪えば、幸せになれるんだって思ってた」


リトリーの瞳に涙が溢れて零れる。


「テレーゼには絶対負けると思ってたのに、テレーゼならすぐに王子だって攻略対象なんだから落ちるって思ってたのに、全然違った。

私も頑張ってみたけど、無理だった。

焦ってたけど、テレーゼが平気っていうから、テレーゼのせいにして私は隠れてた。

ヒロインならうまくいって、ヒロインがうまくいけば私も大丈夫って思いたくて。

 

でも、マリアローゼ様に会った時、絶望したよ…ほんと…全然違うんだもん。

小説ともゲームとも違うんだけど、それだけじゃなくて……私達と全然違うって。

会話とか、動作とか、何かもう異次元で…

王子がすぐにデレデレになるの、見てて分かったもん。

でもそれは補正なんかじゃないって、分かって私、絶望したんだと思う。


認めたくないって、多分、あなたも……テレーゼもそう思ってたと思う」


それは、オリーヴェにも理解出来る話だった。

目が覚めて初めて見たのがマリアローゼで、優しく目を見てゆっくりと今までのことを説明してくれた。

小さな手で冷えた手を挟んでくれて、そのぬくもりに泣きたくなったりもした。

何よりも住む世界が違うと一目で分かるほどの、美しさと所作、言葉遣い…

貴族の血を継いでいるからとはいえ、平民の自分からすれば公爵令嬢は雲の上の御方だ。


「だから、分かってたのに、腹いせで嫌がらせして、あなたを死なせてしまった。

私達に、面と向かって今のままではいけないって説明してくれたマリアローゼ様を無視して…

ヒロインのテレーゼが死んで、モブの私が生き残って、

やっぱりこの世界は、私達が覚えてる世界なんかじゃないって……

色んな話を読んだけど、こんなモブの私なんてざまぁされて死刑になって終りなのに

マリアローゼ様は助けに来てくれた。


死にたくなかった。


死ぬのが、怖かった。

 

また、記憶を持ったまま何処かに生まれ変われるなんて保証なんてないし、

私が私じゃなくなるのも、消えてなくなるのも怖かった…怖かったの」


オリーヴェは、そっと横たわったままのリトリーの手を両手で包んだ。

びくり、とリトリーは身体を震わせたが、泣きながらオリーヴェに困った様に微笑む。


「私達の一番酷い時間、忘れちゃったんだよね……少しだけさみしいけど、良かった。

あなたが生き返れて、良かった。

嫌いなだけじゃ、なかったから……」


うっうっ…と押し殺した泣き声を上げて、リトリーが大粒の涙を零した。

オリーヴェはリトリーの言葉に頷く。


「多分、テレーゼもあなたの事同じように思っていたと思います。

頼れる大人もいなくて、友達といえる人は貴女だけだったと」


ぐしぐしと、リトリーはもう片方の腕で涙を拭いた。


「私、折角新しい人生貰うから、今度は頑張ってみる。

マリアローゼ様に助けるんじゃなかったって思われたくないし。

どうせ死ぬなら、その時、死んでも良いって思えるような人生にする」


「応援してます。私も、マリアローゼ様をがっかりさせたくないので頑張ります。

それに……いつか、貴女にまた会えた時に、助けになれるように」


「えーー私、あなたの事殺したのに?」


茶化すように笑ってみせるリトリーに、オリーヴェは微笑み返した。


「生き返らせてくれたのも貴女じゃないですか」


「そうか、それもそうだね。

あの時マリアローゼ様が、命を分け与えるようにって言ったの。

あなたの命に、私が少しでも混じってるなら、さみしくないね」


「さみしくないです。友達で、家族みたいなものですよ」


この世界で、たった一人の家族。

二人の中で、その存在は温かく、とても優しいものだった。


「もし、もしも二度と会えないとしても、あなたとマリアローゼ様の幸せを祈ってる」

「私も、リトリーさんの事、忘れませんから」


いつか全てを越えられて、また会える日が来ても、来なくても、ずっと続く約束。

涙を浮かべた二人は、微笑を交わした。



僅か1日という残り少ない時間で、オリーヴェとリトリーの時間は終止符を打たれた。

公爵邸にオリーヴェは残り、リトリーはそこからまた別の場所へ移動する事になっている。


「あ、忘れてました。これをマリアローゼ様から預かってたんです」


「何だろ?」


手の上に置かれたのは、とても悲しい顔をしたロバの置物だった。


「え……これ、すごい微妙な顔してるんだけど??」

「駄目ですよ、マリアローゼ様は可愛いロバって……言ってたし、私ともお揃いです」


リトリーはくすくすと笑いながら掌の上のロバを見た。


「趣味が悪いって……ふふっ…完璧じゃないとこも完璧なんだなぁ」

「お守りって、言ってましたよ」


その瞬間、リトリーはぶわっと涙を沢山溢れさせ、零した。


お金も、そのお金で買ったドレスも宝石も沢山あったのに、

旅に出る時に持って出たい物は何一つ持っていなかった。

こんな、優しい理由をもった贈り物なんて、一つもなかったのだ。


「お礼、…ひぐっ……言っ…といでくださ……うっ」

「はい。きちんと、伝えておきます」


「可愛いって…大事に…します……て、微妙って言ったのは…言わないでね」

「分かりました。秘密にしておきます」


後半は少し笑ってリトリーが言い、オリーヴェも泣きながら笑った。

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