第165話 女神と女神のせめぎ合い
冒険者ギルドは宿屋と酒場を併設していて、町の中心にあるという。
王室の別邸は町を取り囲むように建てられている城壁の近くにあり、庭も含めれば広大な敷地となっている。
別邸から程近い城壁には、王宮騎士が派兵されて常に護っている為、警備も万全だ。
周囲は貴族達の屋敷や別宅が建ち並ぶ、閑静な貴族街となっていて、町の中心部からは離れている。
馬車に揺られる事20分程度で、冒険者ギルドに辿りついた。
ほぼ成人男性+筋肉に座られて大丈夫かと案じたユリアは、特に問題なさそうに元気にしている。
マリアローゼは少し安心したが、シルヴァインがあんな行動に出るとは思わなかったので、
そこは少し気がかりな部分ではある。
女性は大切に扱わないといけないという教育をしなくては…と決意を新たにした。
何時もの如く、シルヴァインの膝の上に座らされていたマリアローゼは、
そのまま抱き上げられて馬車を降りた。
レスティアの町は、人通りも多い上に、商品を積んだ荷馬車もあちこちに見える活気のある町だった。
通りに面した冒険者ギルドには、大きな恐竜のような骨が入口の上の壁に飾られている。
「まあ…魔獣の骨かしら?」
「さあ、行くよ」
それには答えずに、シルヴァインに促されてマリアローゼは入口から中に足を踏み入れた。
今日はのんびりしている時間はないのだ。
「よくいらっしゃいました、小さな女神殿」
開口一番、地声なのだろうが大きな響く声で言われて、マリアローゼは若干顔が引き攣るのを感じた。
「えっ…あの……えっ…」
マリアローゼが戸惑っていると、シルヴァインが笑顔で答えた。
「フィロソフィ公爵家長子、シルヴァインだ。こちらが妹のマリアローゼ。
本日の用向きは伝わっているかな?」
とりあえず紹介に合わせて、スカートを摘んでお辞儀をする。
シルヴァインは女神呼ばわりについては否定も肯定もしなかった。
マリアローゼも薬の宣伝に来た手前…しかも膏薬の名前を、以前からこっそり考えていて、"女神の膏薬"と名付けようと思っていただけに、
宣伝に使えるかしら?と女神じゃないんですけどという、内心での戦いの決着が着かずに結局何も言えなかったのである。
「ええ、今日は例の秘薬についてのご説明と、怪我の治療をして頂けると窺っておりますが」
「間違いない」
「ではこちらにどうぞ。あ、申し遅れましたが、私はここのギルド長のエンマと言います」
ニカッと豪快な笑みを向けられて、マリアローゼもにっこりと微笑み返した。
受付カウンターの近くに据えられた、少し小奇麗な椅子にマリアローゼは案内された。
そこには既に軽傷を負った冒険者達が並んでいる。
「改めまして。フィロソフィ公爵家のマリアローゼと申します。皆様のお怪我を看させて頂きます」
お辞儀をした可愛らしい少女に、建物内部の人々がどよりとざわめいた。
幼いとはいえ、貴族の少女に丁寧な扱いをされたことなどないし、
何より酷い脚の怪我を治したという、噂の少女がこんなに幼いと思わなかったのだ。
「さあ、では、こちらにお座りになって?」
可愛らしい声と仕草で、促されて、青年がマリアローゼの前にぎくしゃくと座る。
隣に立っていた小さな小間使いと共に、包帯を外すと、患部に丁寧に薬を塗っていく。
あっという間に、嘘の様に痛みが引き、傷もすっかり治っていた。
直接薬を患部に塗るせいなのか、治癒師の魔法よりも治る速度は早く感じる。
「おお……!」
遠くから見守っていた人々も、いつの間にか近くに寄り、感心したように治療を終えた男性の傷を見ていた。
「近々、このお薬を出来るだけ皆様の手に入れやすい価格でお売りしようかと思っておりますの。
価値の低い小さな魔石との交換等も視野に入れておりますので、どうか心にお留め置き下さいませね」
マリアローゼの言葉に、冒険者達が感心したように頷いたり、驚いたりしていると、カンナが笑顔で付け足した。
「興味のある方は、少しお話させてください」
手を挙げたカンナの方へ何人かはぞろぞろと歩いて行く。
それを見守りながら、マリアローゼは怪我人の治療を再開した。
何故治療しないのか、と言われれば、我慢できる類の怪我だからなのだろう。
ポーションは飲み薬だけあって、全身や身体の内部にも効果がある分、価格も高い。
町へ帰還し、命の危険が無ければ飲みたくないのが人情というものかもしれない。
傷に薬を塗り、痛みが消えた人が喜ぶ様を見て、マリアローゼも嬉しそうに微笑を返す。
シルヴァインはと居場所を確かめれば、ユリアに警護を任せて、知り合いの冒険者達と何事か話し込んでいて、受付嬢達の視線を釘付けにしている。
シルヴァインは冒険者を見慣れている女性でも、見劣りしない立派な体躯をしている上に、
上流階級のスマートさや美しさも完備された完璧超人なのだから、仕方ない。
全く罪作りな男なのである。
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