第166話 冒険者を泣かせた悪役令嬢
「お嬢様はまたマスロにも寄られるので?」
「ええ、そのつもりでおりますわ。治療致しました足の具合が気になりますので。
まだあの冒険者さま、いらっしゃいますかしら……」
治療をする傍らに、見守るように立ちながら聞いてきたエンマに、マリアローゼは質問と共に返した。
エンマは大きな身体を揺らしながら頷いて、大きな地声で答える。
「いますとも。痛みはもう無くなり、杖を片手に歩き回れると言ってました」
「まあ、嬉しい。素晴らしい回復ですわね」
嬉しそうに微笑んだマリアローゼに、エンマは目を見開いた。
「お嬢様は変わっておられるなあ。こんな身分も低い我々の回復がそんなに嬉しいとは」
ガハハと笑うエンマに釣られて、辺りの冒険者達も笑っている。
マリアローゼは、その言葉にこてん、と首を傾げた。
「あら……わたくしにとっては、冒険者という職業は憧れですのよ?
それに皆様、命の危険を顧みずに、日々魔獣と戦っていらっしゃる、高潔な方々だと思っておりますの。
人々が平和に暮らせているのも、便利な魔道具で生活を楽に出来るのも、冒険者さまのお陰ですわ」
にこにことあどけない言葉で綴られる、これ以上ない賛辞に、その場にいた冒険者達は胸が熱くなる思いだった。
幼子の形をした女神だと言われれば、即、頷けるくらい愛くるしい上に尊い。
本人は自分の言った言葉を特に気にする風も無く、怪我の治療に没頭している。
金のため、生活のため、と言ってしまえば少女の美しい言葉に泥を塗ってしまうようで誰も何も言えずにいた。
中にはそんな自分の境遇を思い出してか鼻をすする者さえいる。
高貴な身分でも裕福でもないから、危険な仕事をこなすしかないのだと…。
なのに、高貴な身分の少女が口にする「冒険者さま」という言葉ですら、
自分達を大事に、尊いものだと本当に思っているのだと感じさせられる。
自分の幼い娘や妹とも思える年齢の愛らしい子供に、近しい者の姿が重なり、余計に胸が締め付けられた。
命がけで戦っているのは、金だけの為じゃないと、誇り高い思いを代弁されたようで。
「我が国の貴族に、貴女のような御方がいる事を誇りに思いますぞ」
エンマが、大きな声で感涙に咽びながら地面に膝を着くと、周囲の冒険者達もそれに倣った。
治療に没頭していたマリアローゼは、きょとん、とその様子を見回した。
冒険者については、平和と便利をありがとう、ぐらいな気持で伝えたつもりだったのだが、
これはどうしたことか……。
「ま、まあ皆様、そんな風に…わたくしにはまだ頭を下げる価値もございませんわ。
これから頑張って、皆様冒険者さまのために、色々と考えて参りますので、どうか…」
頭を上げてください、という代わりにマリアローゼは一瞬だけ逡巡した。
もっと伝えなければいけない言葉がある。
自分は女神でもなければ、癒しの魔法を使えない、という事。
…怪我は出来るだけ薬で癒せる範囲でお願いしたい。
本当は怪我すらしないのが一番なのだけれど。
「あの…わたくしの願いをどうか、ひとつ、聞いてくださるなら……命は大切になさってください」
慌てた様子で立ち上がったマリアローゼが、目の前で両手を組んで、おねだりするかのように
伝えた言葉で、更にむさい冒険者達が男泣きを始めた。
ただでさえ、故郷の村に残してきた愛しい娘や、妹に姿を重ねつつ見ていた稚い少女なのである。
愛らしい懇願の言葉は、自分達の命に対する心配とあらば、涙を我慢する事が出来なかった。
余計に状況を悪化させてしまったマリアローゼは、焦っていた。
シルヴァインに釘付けだった女子達までもが、受付嬢達でさえ、顔を両手で覆って泣いてしまっている。
これでは冒険者達を泣かせた悪役令嬢ではないか。
現実逃避なのか、どうでも良い事が頭の隅に浮かんだ。
そういえば泣いた赤鬼って昔話があったなぁ…。
それとも、青鬼だったかしら…?
関係ない事を思い浮かべながらシルヴァインを見ると、何だか遠い目をしてこちらを見ている。
助けてくれませんの?
仕方なくカンナを見れば、冒険者と同じく跪いた上に涙ぐんで頷いている。
傍らのルーナも、涙を目に浮かべて、エプロンで拭き始めた。
どうしようもなくなってユリアを見ると、それまでも邪魔なくらい、体温を感じるくらい密着して側に立っていたのだが、にっこりと笑顔を浮かべた。
助けて…
「そうなのです!マリアローゼ様は素晴らしい御方なのです!皆さんにも伝わったかと思いますが、
不肖、この神殿騎士ユリアも、マリアローゼ様の為に粉骨砕身悪者退治を頑張って参ります!」
くれなかった。
一転、その場はやる気に満ち溢れる筋肉たちが雄たけびを上げて立ち上がった。
俺達もマリアローゼ様の為に冒険頑張るぞ!みたいになっている。
泣かれるよりはいいんだけど…いいんだけど…何かが違う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます