第167話 可愛いは正義
シルヴァインを見たら更に上を見上げて、完全に空じゃなくて宇宙を見ているくらい遠い感じになっていた。
ユリアはある意味扇動者に向いているのではなかろうか。
ジト目で見ると、ふんす!と鼻息も荒く、顔にやってやりましたよ!という字が見えるくらいドヤっている。
マリアローゼは苦笑しつつも、治療を再開して、その場にいた人々を心身共に癒していった。
治療が終った後、ずっと側で見守っていたエンマに、マリアローゼは膏薬を一つ手渡した。
「一つで申し訳ないのですけれど、冒険者さまにお使い頂いて下さい。開封すると大体1月保ちますので」
「これは…貴重なものをありがとうございます。ですが、お返し出来る物が…」
「ございますわ。いつか、わたくしが冒険者登録をする時にお口添え下さいませ」
にっこりと可愛い笑顔で微笑まれて、エンマはうんうんと大きく頷いた。
「お安い御用です!その日をお待ちしておりますぞ!」
「はい。では皆様、わたくしは失礼致します。皆様の健康とご武運をお祈りしておりますわ」
治療の為に着てきた質素な服でさえ、マリアローゼをこれでもかというくらい愛くるしく見せている。
ふわりとスカートを広げてお辞儀する姿は貴族の令嬢なのだが、それ以上に感動が胸を衝く。
皆が口々にマリアローゼに感謝と別れの言葉を投げかけた。
「本当にやってくれるよね……」
マリアローゼを行きと同じく膝に抱えながら、シルヴァインは恨めしそうに冒険者ギルドを見た。
小さく手を振るマリアローゼに、大の男達が…女性達もこれでもかと手を振り返している。
道路一杯に雪崩出た冒険者達とギルド職員に、街の人々が何事かと公爵家の馬車と冒険者を見比べていた。
これで噂にならない方がおかしいというものだ。
下手をすればもう父の耳に入っているかもしれない。
「あら、治療も宣伝もうまくいきましてよ」
などと澄まして言うマリアローゼの目は、若干泳いでいる。
「ローゼ。冒険者はね、国の法には従うが王には従わないと言われるものなんだよ。各国を渡り歩く者も多いからね。それをあんな風に跪かせた意味が、分かるかい?」
「さ…さあ?」
不可抗力である。
マリアローゼにしてみれば、災難に近い不可抗力である。
言った言葉は真実のみで、何の嘘も脚色すらないと言い切れるのだが、反応は予想だにしていなかった。
最早若干泳いでいたくらいの視線もクロールを始めるくらい動揺している。
「まあいいか。冒険者ギルドは国に対して中立を保つものだけど、恩を売っておいて損はない相手だしな。しかもちゃっかり、最後何かお願いをしていたよね?ローゼ」
だって冒険者になりたいんだもの。
時期が来たら協力すると申し出ていた兄の圧が物凄い。
目はもうクロールからバタフライに悪化するくらい泳ぎそうで、マリアローゼはきつく目を閉じた。
「おにいさま、こわい……」
「君を愛しているし、心配なんだよ。分かっているだろう?ローゼ。
君に嫌われるような事はしたくないんだよ」
だから怖いって言ってんだろがぁぁぁ!
と叫びたい衝動を押し殺して、マリアローゼはふるふると震えた。
「ヤンデレこっわ……」
「何?」
思わず口にしたユリアの突っ込みに、言葉の意味の分からないシルヴァインが聞き返し、マリアローゼは思わず、はふっと噴き出した。
「いくらシルヴァイン様が神でもですね、マリアローゼ様を脅かすのはだめですよ!だめ!絶対!」
胸の前で手を交差して、バツを作るユリアに、今度こそマリアローゼはふふふっと笑い出す。
物怖じしないユリアに救われて、マリアローゼはシルヴァインを見上げた。
「おにいさま。ローゼもおにいさまを愛しております。
どうか、もう怒らないでくださいませ」
大きな目でシルヴァインを見上げて、おねだりムーブをかませば、シルヴァインは盛大にため息を吐いた。
「分かった、分かった。もう言うのは止めよう」
「ありがとう存じます、おにいさま」
そして、兄の筋肉質な胸に頬を寄せて寄りかかりながら、ユリアに微笑みかけると、ユリアも嬉しそうに笑った。
「やっぱり、可愛いは正義ですね!!」
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