第168話 二度目は禁止
至極当然のことながら、夕方の冒険者ギルドの一件は父の耳に届いてしまった。
最初は町で目撃された、公爵令嬢を見送る冒険者達と冒険者ギルドに勤務する人々というだけだった。
だが、両方が表に出て見送るのは異例だと言える。
ギルドの人間なら、依頼主を見送る事もあるだろうし、冒険者なら仲間を見送る事もあるだろう。
総出で見送る相手が公爵家…貴族と言うのもまた珍しい。
その珍しい風景と共に、公爵令嬢の噂が町に出回るのもそう遠くはないだろう。
噂になる前に、父からシルヴァインが呼び出され、ギルドでの一件の詳細を耳にして、、
見事にマリアローゼは部屋から出ることを禁じられた。
「えっ今日は騎士の皆様にお礼を言う場ではなかったのですか?」
「一日に二度も男達をひれ伏させる気かい?」
痛烈な兄の言葉に、マリアローゼはむぐぐ…と口を噤んだ。
お礼を言うだけで、ひれ伏す訳ないじゃない!
と言いたいが、冒険者ギルドで起こったことも青天の霹靂であって、
何が問題だったのか…と問われれば、問題のない言葉のはずではあったのだ。
マリアローゼはうーん…と天井を見上げた。
「あ、きっと、そうですわ!」
思いついて、マリアローゼは小さな手を打った。
シルヴァインは微笑を浮かべたまま、マリアローゼの言葉の続きを待つ。
「エンマさんが、感動しやすい体質で、あんな風になさったから、皆さん従ったのでは?」
「基本的に、冒険者はギルドが依頼を紹介する場で利用するけど、盲目的に従うっていう相手じゃないんだよ。
裁量権はあっても、命令権は無い。持ちつ持たれつの関係だからね。
利害が一致しなければ、当然ギルドと冒険者が反目する事だって有り得る。そうそうないけれど」
マリアローゼは大きな目をぱちくりとさせて、冒険者だったカンナを見る。
「そうですねぇ。そもそもギルドマスターが表に出る事はあまりないんですよ。
余程難易度の高い依頼に、優秀な冒険者を充てる時だとか、高位貴族の依頼だとか…仲裁だとか…
ギルドの面子が関わる重要度の高い案件くらいでしょうかね。
だから一般の冒険者はギルドマスターの顔すら知らないって人もいるかと」
「あらっ……そうなんですの。てっきり冒険者さま達に慕われる存在だとばかり…」
豪快に笑うエンマを思い浮かべて、更に姿は知らないが怪我をした冒険者の為に挨拶をしにきた
エルノの冒険者ギルドの長の話を思い浮かべる。
「ああ、中にはそういうギルドもあります。けれど大体は…そうですね。
役所に例えれば分かりやすいでしょうか?
利用者は受付けの事務官とは話しますけど、所長を知っているかと言われると知らない人も多いかと。
けれど小さな町や村だと規模も小さいので、接する機会も増える、という感じでしょうかね?」
「まあすごい!分かりやすいですわカンナお姉様!」
この世界では役所にすら行った事がないのだが、カンナの例えはマリアローゼにしっくりきた。
確かに大きな町、大きな組織になればなるほど、上の者は分かりにくいし交流も少ないかもしれない。
前世での市役所での手続きとたらい回しを思い出して、マリアローゼはちょっぴりうんざりした。
「まあ、君がどう言い繕おうとしても、父上の決定は覆らないよ」
「……うう……でも、お礼はきちんと言いたかったですわ……」
無事に帰って来られたのは、父の命とはいえ、騎士達や領主達が駆けつけてくれたお陰もあるのである。
マリアローゼは残念そうに溜息を零した。
シルヴァインは沈み込んだマリアローゼの頬を優しくぷにぷにと突いて、慰めの言葉を口にする。
「礼は父の口からも母からも言われるさ。それに、特別手当だってあるし、収入にもなっている。
何より公爵家の極上の料理が振る舞われるんだからな。安心しておいで」
「分かりましたわ。わたくしは体調を崩したことになっているのですよね?」
「そうだね」
まさか、これ以上人目に触れさせたくないので部屋から出しません、などとは公に言えない。
大体は、体調を崩したという事で穏便に人前に出さないものなのである。
マリアローゼの言葉に、シルヴァインも同意した。
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