第156話 ヒロイン(New)

「え…え?…リトリーさん本物の聖女だったんですか?」

「いいえ、そうとも言えるし違うとも、言えます」


マリアローゼは優しく、テレーゼの頬を撫でた。


「ルーナ、お兄様を部屋にお入れして」

「承りました」


ルーナは、たっと立ち上がって、扉へ走り、戸を開けて外にいたシルヴァインを招き入れる。


「テレーゼ」

「貴女は天使さま?私、事故で死んでしまったの?」


今まで見てきたテレーゼと、表情が全然違う。

険のない穏やかな風貌に見えるくらい、優しい雰囲気を纏っている。


「わたくしはマリアローゼ。王国にあるフィロソフィ公爵家の娘です。

 これから貴女の身に起こった出来事を話しますので、聞いてくださいませね」


マリアローゼは優しく言って、手を引いてテレーゼ(NeW)を棺から起こすと、ソファへと座らせた。

様子を見たシルヴァインは片方の眉を上げただけで、倒れているリトリーをベッドに寝かせると、ユリアを近くに呼んで掻い摘んで説明を聞いている。

それを横目にマリアローゼは、ソファに並んで座り、テレーゼに事情を話すと、彼女は素直に頷いて聞いている。


「ごめんなさい…事故に合うまでの記憶しかなくって……」


済まなそうに、膝に両手を置いて、身体を竦ませている。


「でも、ご迷惑をかけたようで、本当にすみません」


テレーゼは困ったようにぺこりと、頭を下げる。


「身寄りはありますの?親とか兄弟とか…」

「……多分、先程お話に出てきた養父が、実の父親ではないかと思います。

 母は生前伯爵家で働いていたので、でも頼りたいと思ってはいません」


きっぱりと胸を張って言う姿に、マリアローゼは小首を傾げる。


「会った事がございますの?」

「はい。何度か……でも身勝手な方でしたし、そのせいで母は奥様に嫌がらせも受けていました。

 その母も…事故に合う前に亡くなってます」


この年齢で天涯孤独とは、やはりヒロインとはいえ過酷な生い立ちだ。

しかし、やはりしっくりは来ない。

出会った時のテレーゼは、もしかして、今の彼女の記憶があまりなかったのだろうか?


それならほぼ他人と言っても過言ではない…

けれど、もしまた記憶が戻る事があれば、本物の記憶はまた消えるのか……


と考え込んだが、テレーゼに心配そうに覗き込まれて、マリアローゼはハッと意識を戻した。


「失礼致しました。少し考え事をしていて…

 もし、よろしければ、貴女を小間使いとして雇いたいのですが、如何ですか?

 住む所も食べ物も心配しなくて済みますし、何れはわたくしの仕事も手伝って頂ければと思いますが」

「お願いします…迷惑をかけた上に、図々しいかもしれませんが、一生懸命働きます…!」

「テレーゼ・クレイトンは死んだ事になっておりますので、新しい名前を用意致しますわね」

「はい。よろしくおねがいします」


テレーゼは深く頭を下げた。

シルヴァインを見ると、頷いて部屋を出て行き、後には難しい顔をしたユリアが残されている。


「お腹が空きましたら、テーブルの上の物を召し上がって。

 わたくし達は部屋に戻りますので、ゆっくりお休みになってね」

「何から何まで、ありがとうございます」


マリアローゼが立ち上がると、テレーゼも立ち上がって、再び深く頭を下げた。


「ユリアさん、参りましょう」

「あっ、ああ、はい!」


慌てはしたものの、ユリアは笑顔でマリアローゼの後に続き、

ルーナが開けてくれた扉から廊下に出ると、マリアローゼは騎士達を労うように会釈をして、マリアローゼの為に用意された部屋に帰る。


「マリアローゼ様……ちょっと聞いてもいいですか?」


寝間着に着替えて、ルーナに髪を梳いて貰って、ベッドに入ったマリアローゼに、

ずっと考え込んでいたユリアが話しかけてきた。


「ええ、聖女の件ですか?」


「んー、それも含めてなんですけど、神聖教ってどう思いますか?」


ふわっとした質問である。

マリアローゼもんー、と考え込んでから、静かに口にした。


「神聖教自体は悪いものだとは思っていません。人々の心の拠り所になってますし、慈善事業もしておりますし

ですが、どんな宗教にもいえることですが、権力を握る事で豹変する人々もいて、同時に腐敗が進む場合もあると思います。

特に人身売買は、許しがたい罪ですわ。

功があった罪人を、無罪とする理不尽さも、わたくしは好きではありません。

でも、神聖教は世界にとってまだ必要なもの、教会は必要な団体だと思っております」


「ふむふむ…」


「知りたかった答えになりましたかしら?」


大きく目を瞬いたマリアローゼを見て、ユリアは頬を染めてデレデレとした笑顔を浮かべた。


「はい。真剣に語るマリアローゼさまも可愛らしいです!」


参考になったのか、ならなかったのか。

全く答えにならない答えが返ってきて、マリアローゼはそっと布団に潜り込んだ。

悩んでいるかと心配したが、ユリアは何時ものユリアだったのである。

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