第157話 新しい名前

「オリーヴェ、と申しますの」


にこにことマリアローゼが笑顔を浮かべて、直毛長髪の金の髪に、オリーブ色の瞳の少女を紹介されて、

父はこめかみに指を当てて、目を閉じた。

流石のランバートも、主人同様目を伏せている。

それもその筈、昨日までしっかりと死んでいた少女が、生き返ってそこにいるのだから。


「は、初めまして、マリアローゼ様からオリーヴェという名前を頂戴しました」


言葉を失くしている二人に、ぺこりとオリーヴェが頭を下げる。

立ち直った父ジェラルドは、笑顔でその礼に答えた。


「昨夜、シルヴァインから大体の事情は聞いたが、うん、そうか……そうか……」


再び今度は両手で顔を覆って、ぐったりと前屈みになってしまった。

困った様にマリアローゼを見るオリーヴェに、マリアローゼはにっこりと微笑む。


「一足先に、お父様達と一緒にお屋敷にお連れ下さい。

 わたくしの小間使いとして、雇いたいと思っておりますので、教育もお願い致します」


「分かった。もう一人は変更無いな?」


顔を上げたジェラルドは、宰相の顔で聞き返す。


「はい。警備が厳重なグラーティア修道院で、監視の上暮らしてもらいます。

 ただ、心配な点が一つございますが……」


「どんな心配だ?」


マリアローゼは静かに深呼吸すると、シルヴァインをちらりと見てから続ける。


「お聞き及びかと存じますけれど、アートなる狂信者がリトリーを害する可能性があるので、危険があると感じましたら、名前を変えて別の場所に保護したいと思います」


「ならば、先手を打っておいた方が良いだろう。神聖国には旅の途中で死んだと伝える。テレーゼとリトリーの墓はグラーティア修道院に用意させておく。

リトリーの新しい身分と行き先は、こちらで手配するから心配しなくていい。

聖女と同等の力を持つと証明されたのだ、お前とも接触は避けた方がいいだろう」


「はい、仰せに従います、お父様」


身体の前で両手を組んだ姿勢のまま、マリアローゼは膝を屈して頭を下げた。

無事に平和に暮らしてくれれば、今の所接触する必要はない。

今後は少しずつでも、この世界に慣れて行くだろう。

そして、オリーヴェとなったテレーゼを生き返らせた事で、心の平安も得られる。

マリアローゼは、にっこりと微笑んだ。


「では、食事にしよう」


立ち上がった父の前に扉に行き、ランバートがスッと扉を開いてドアの横に立つ。

父に続いてマリアローゼとオリーヴェが、その次にシルヴァインが続いた。

居間には既にテーブルが並び、食器も綺麗に並べられている。

ルーナはオリーヴェを伴って、部屋から出て行った。

席にはカンナとユリアとミルリーリウムが座っている。


食事と歓談を終えた後で、父と母は公務と社交の為に部屋を出て行く。

ユリアはシルヴァインに報告があると言うので、

マリアローゼはカンナとルーナを伴って先に部屋に戻った。

王国の領土内に入ったとはいえ、マリアローゼにまだ自由は許されていない。

外出は出来ないから、部屋で本を読むのだろう、とシルヴァインは見送った。


ユリアは席を立って、シルヴァインの近くにとことこやって来る。


「マリアローゼ様に伝えるかはお任せしますけど、気になる事がありまして」


何時もと違う真面目な様子に、シルヴァインはおや?という表情を見せたが、静かに頷く。


「聞かせてくれ」


「昨日見せて貰ったカードの文面が気になって、神聖国で何か事件が起きてないか連絡取ってみたんです。ダドニー男爵とクレイトン伯爵が、自死していたそうです」


シルヴァインがぴくりと眉を寄せた。


「捕縛されたと聞いていたが、釈放されたのか?」


「いえ、それが。極刑を言い渡されそうなのはダドニー男爵だけだったのですが、二人とも軟禁用の部屋に捕まっていたそうなんです。でも、外で見つかったんです。二人並んでぶら下がっていたと」


「使用人のエマと同じように、か」

「はい。それと、貴族と騎士の不審死もいくつか見つかったそうでして。

 ですが元々極刑を言い渡された者に近い人々だった故に、

 込入った事情があることもあって調査はしても捜査はしない事になりそうです」

「ふむ。中々に不穏だな。ローゼには折りを見て話しておくよ」

「お願いします」

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