第155話 本物の聖女の力

レスティアに到着したのは夜も更けてからだった。

行く時にも泊まった王家の別邸に、フィロソフィ一家と神殿騎士、王宮騎士達も泊まる事となる。

その他の騎士達は、警備を除いてフィロソフィ家別邸と、近隣領主の館へと割振られた。

明日は一日レスティアに滞在、休息日として、公爵家からの特別手当と晩餐が振る舞われる予定だ。

その後、領主達の私兵は各地に帰り、王城に戻る騎士達は宰相のジェラルドと外交官のモルガナ公爵と共に明後日にはレスティアを発ち、急ぎ王都へと帰る事となる。


馬車で何時もどおりスヤスヤお昼寝をしたマリアローゼは元気である。

一階の端の部屋には、テレーゼの遺体と、毒殺事件を起こしたリトリーが厳重な警備に守られていた。

ユリアやルーナを伴って、マリアローゼはその部屋を訪れている。


「あ…マリアローゼ様……」

「馬車の中では眠れまして?」


出発前に毛布と敷布団を一緒に積ませていた。

前夜に記憶を紙に書かせていたせいで、多分寝れなかっただろう、と思っていたので、その通りにリトリーは頷いた。


「はい」


「では、少しお話しましょう。わたくしは紙に書いた内容は読んでいないの」


マリアローゼはなるべく簡略化した言葉で、リトリーに話しかけた。

彼女たちには敬語をなるべく外した方が伝わりやすいのだ。

リトリーは読んでいない事に少し驚いた顔を見せる。


「え?でも…」

「代わりに兄が読みました。わたくしはなるべく、他の世界の記憶に頼りたくないので。

 でも疑問だけ解消してほしいの。テレーゼと貴方の記憶に違いはありませんでしたか?」


マリアローゼの中でうっすらと気になっていた疑問を投げかけた。

リトリーが、目を伏せて少しずつ話し始めた。


テレーゼは乙女ゲーム「星降る夜に君とⅡ」というゲームのヒロインの一人で、

その乙女ゲームが存在する世界から来た事。

だが、リトリーが覚えている記憶の中では、そのゲームが存在する世界ではなく、

乙女ゲームがあるという前提で書かれた物語が存在する、という世界線だという。

これは、マリアローゼと同じだった。


ずっと何だか違和感を感じていたモヤモヤが晴れて、マリアローゼはさっぱりとした。


「つまり、並行世界が存在していて、同じ世界の記憶を持っているようでいて、実際は違ったのですね」

「はい。登場人物とかはそんなに変わらないので、話を合わせてました。

 お互いの事については知らなかったので、間違いに気づく事もなかったです」


「分かりました。聞きたい事はこれで終わりです。これから違う話をします。

 ユリアさんは、わたくしの話をお聞きになって、ハセベー様にお伝えするべきと思ったらして下さい。

 信仰が揺らぐ可能性もありますけれど、覚悟が宜しければ」


マリアローゼがユリアを見詰めると、ユリアはあっけらかんと笑った。


「最近の信仰はマリアローゼ様なので、問題ないです!」


ここにも怖い奴がいた。

わたくしは崇拝とか信仰の対象ではないというのに……。


「では、先程氷の魔法を解いていただいた、テレーゼさんの遺体がありますので、

 リトリーさんは解毒の魔法をかけてください」


「何だか料理番組のような……」


というユリアの呟きはとりあえず無視しておく。

テレーゼは食材ではない。


リトリーは戸惑いながらも、両方の掌をテレーゼに向けて、何かを念じた。

黄金色の光が、テレーゼとリトリーを包み込む。

やはり、治癒よりも強い魔法に見える。


「できた、と思います」

「次は、蘇生して下さい」


マリアローゼの言葉に、きょとん、とした後リトリーは焦ったようにブンブン首を横に振った。


「無理です、私、本物の聖女じゃないですし」


マリアローゼはにっこりと微笑んだ。


「無理とか出来ない、はわたくしにしていい返事ではありません。

 貴女がわたくしにしても良い返事は了承のみです。

 彼女は貴女が殺したのですから、貴女の命で償わないといけません」


「……っっ……は、はい。でもやり方が分からないです…」


困ったように握りこまれたリトリーの手を、マリアローゼが両手で優しく解した。


「この手で彼女に触れて、願うのです。

 貴女の命を分け与える代わりに、彼女が癒され目覚める事を心から祈って」


「わかり、ました……」


何度も深呼吸を繰り返して、リトリーはゆっくりとテレーゼのひんやりとした身体の上で組まれた手に

自分の手を重ねた。


暫くすると、先程と同じ光が立ち上り、段々と輝きを増していく。

リトリーの髪が、ぶわりと広がって、背にはためく。


「お願い…どうか……」


少なくない時間を過ごしてきた、唯一の顔見知りであり、友人とも呼べる相手なのだから、手違いとはいえ、死なせてしまったことに後悔はあっただろう。

生き返らせることが出来るのならば、命を捧げても良いとそう、思えたのかもしれない。

リトリーの頬に涙が伝って落ちた。


そして魔力の奔流が収まると、ぐらりとリトリーの身体が傾き、ユリアが抱きとめた。

マリアローゼがテレーゼの遺体を見守っていると、ふるり、と睫毛が震える。

はあ、と息を吸い込む音がして、テレーゼの目が開かれた。


成功した。

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