第154話 恐怖と言う名の贈り物
「お早うございます、ユリアさん」
「お早うございます、マリアローゼ様」
デレッとした笑顔を浮かべてから、更にユリアはにっこにこと機嫌よく笑っている。
あら?お別れなのに、今日は大丈夫なのかしら?
とマリアローゼが不思議そうな顔をすると、察したユリアがえへへえと笑った。
「王国までご一緒出来る事になったんですよお。一緒に旅が出来て嬉しいです!」
「まあ…それは楽しそうですわね」
よく笑い、明るいユリアを見るのは楽しかった。
見る分には問題ない。
それに、昨日のユリアの対処は素早くて的確だった。
何だかんだ言っても、そう見えなくても優秀なのだ。
「リトリーさんの様子は如何ですか?」
「書類は預かって、シルヴァイン様に読んで頂いて、許可を貰ったので、
護送車にご遺体と共に載せました。護衛もつけてます」
「ありがとう存じます。では、参りましょう」
「お早うローゼ」
朝から爽やかな父が、清清しい笑顔を向ける。
「お早うございます、お父様、お母様」
上品にスカートを持ち上げてお辞儀をするマリアローゼを、母が早速抱きしめた。
「ああ、ローゼやっと帰れますね」
「はい、とても嬉しいです」
「さあ、一刻も早く出立しよう」
善は急げとばかりに、父が立ち上がり、母も倣った。
マリアローゼも座ることなく、そのまま二人の後について部屋を出る。
まだ夜が明け始めたばかりだ。
薄っすらと靄のかかった町並みを、騎士に囲まれた馬車が滑るように走り抜けていく。
街を抜けるまでは馬車の鎧戸も閉めて置くように言われたので、
馬車の中は暗い。
光源は壁に据えられたランプだけなので、近くに座っている者の姿がやっと認識できる程度だ。
「あ、お嬢様。急いでいたので渡しそびれましたが、お花が届いておりました」
ぴょこん、と飛び上がるように椅子から立ち上がったルーナが、手荷物が置いてあるあたりをごそごそして、
取り出した白い花束をマリアローゼに手渡した。
前世でも今世でも直に見たことはない白い花だ。
花弁の縁がひらひらと波打っていて、まるでレースのような美しさだった。
そんな花弁が幾重にも重なって薔薇の様に豪華でありながら、可憐さも併せ持っている。
「どなたからかしら?」
綺麗な花に見惚れつつも、マリアローゼはこてん、と首を傾げた。
ルーナは、申し訳無さそうに、受け取った時の事を思い出しつつ答える。
「服装はお城の騎士様で、その方も預かって届けにきた、と仰ってました」
「ではお城の方なのかしら……」
じっと花束を見ていると、埋もれる様にカードが潜んでいる。
城で花を贈ってくれるような人間は、ヘンリクスしか思い浮かばない。
カードを取り出すと、二つ折りになっていて、開くと文面が現れた。
「貴女を害そうとした者は全て排除しました。
いつか必ず迎えに参上致します。
貴女の崇拝者A」
それを見た途端、マリアローゼの背中をぞわりと悪寒が駆け上がった。
脳裏に浮かんだのは、狂った熱を宿した、あの昏い紺色の瞳だ。
「……アート……」
「何……?」
シルヴァインが、マリアローゼの小さな手からカードを取り上げると、流し見た。
そして溜息を吐くと、同じくマリアローゼの手から花束を取り上げて、手の上でパキパキと凍らせた。
「保管しておいてくれ」
シルヴァインの言葉に、さっとルーナが皮袋を用意して、氷漬けの花束をその中に入れると、
手荷物がある場所へと置いた。
「アートというのは、誰です?」
カンナと並んで座っていたユリアが、疑問符を頭に浮かべて問いかけてきた。
マリアローゼの代わりに、シルヴァインが短く説明すると、ユリアはなるほどー、と頷き返す。
「城で自死した小間使いに、殺された形跡は?」
「可能性はあります。首を折って吊るしたのかもしれませんが、判別できるかどうか。
加護持ちを呼び寄せて捜査するのも可能ですが、もう終った事件として片付けられていると思うので、
無理かもしれません」
生々しい話に、マリアローゼは眉を下げて、外を見ようと鎧戸に手を伸ばすが、
シルヴァインに手を捕まえられて、戻されてしまう。
「まだだよ」
言われて、まだ街中だったか…と諦めたマリアローゼはしょんぼりと、窓を見る。
馬車の速度が落ちてきて、シルヴァインはマリアローゼの頭を撫でた。
「そろそろだ。あと少し我慢して」
多分、門に着いて、町から出る手続きが始まったのだろう。
徐行して停まり、程なく馬車がまた動き出した。
マリアローゼの代わりに、シルヴァインが鎧戸を開けて、窓から風景を眺める事がやっと出来た。
「今日中に出国したいから、ファートゥムは迂回して町は通らない予定だよ」
「そうですの?出国の手続きまで、今済ませたのでしょうか?」
「多分ね。昼食も休憩もなしで行軍すると聞いたから、今日は大変だな」
大変、というのは騎士達の事だろう。
行軍しながら食事を摂るのは難しい。
並足とはいえ、何時間も馬上で過ごす事も滅多にない筈だ。
自分のせいではないとはいえ、原因ではある。
一人の人間の為に、大勢が大変な思いをするのは、何だかとても罪深い気がした。
表情を曇らせたマリアローゼに、カンナが元気付けようと笑顔で言った。
「大丈夫ですよ。彼らも鍛えていますし」
「問題ないです。お嬢様の為に働けるなら命だって惜しくはないはずです!」
それはユリアさんだけじゃ…
「ユリアさんと一緒にしてはだめですって」
カンナのつっこみに、マリアローゼが笑うと、ユリアもカンナも一緒に笑った。
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