第137話 ダンスの約束

聖女となれば、見た目も可愛らしいし、将来を見据えるのであれば踊って置きたい身分の女性に思える。

ルーセンやナハトも夜会に招待はされていたものの、今回は遠慮したと父が言っていた。

それほどまでに聖女と接点をもたせたくないのだろうか。

常識がないというのは貴族社会では致命的な汚点なのだろう。


「何とも言葉にし難い聖女候補達だな」


父にしては辛辣な言葉を向ける。

視線も氷のように冷たい。


これが噂の氷の公爵様かぁ。


少し感動しつつ、冷たい空気を纏う父をほんわかと見守る。


「努力を怠れば、誰でもああなってしまうものですわ」


「じゃあローゼには縁がないね」


一転笑顔で父はマリアローゼの頬を指で撫でた。

頭を撫でれば髪型が崩れてしまうから気を使ってくれたのだろうけど…


「くすぐったいですわ、お父様」


身を捩って笑うと、すぐ横に立っていたユリアがぐふぉっと音を立てた。


「お嬢様は一生天使だと……そう思います公爵様」


口に手を当てて、心を落ち着けるユリアに、父が鷹揚に頷いた。


「私も同じ事を思っていたよ」


話が合う二人なのである。

そこへカンナと踊り終えたシルヴァインが戻ってきて、マリアローゼに手を差し出した。


「マリアローゼ嬢、俺と一曲お願いできますか?」

「ええ、喜んで」


ユリアに飲みかけの飲物を渡すと小さな手をその手に重ねて、マリアローゼは微笑んだ。

背後で父のずるい、という言葉が聞こえた気がしたが、兄に手を引かれて中央へと歩む。


「お兄様、リードはお任せ致しますけれど、カンナお姉様みたいにはついていけません」

「わかっているよ、お姫様」


先ほどシルヴァインとカンナが披露したダンスは、素晴らしく卓越したものだった。

武芸に通じた二人だからこそ出来る足運びというより足捌きだ。

リードする兄がきちんと空間を把握して、誰ともぶつかることがないように

だが広く大きく動き回る、競技ダンス…?と聞きたくなるような激しさだった。

あちこちから溜息が漏れたり、拍手をする人もいた。

上品というよりは、華麗で鮮烈なダンスだ。

下品と揶揄される一歩手前かもしれない。


だが、今はマリアローゼ相手に、きちんと歩幅を考えてリードしてくれている。

より魅力的に見せるように、スカートの広がり具合まで計算していそうな踊りだ。


「お兄様は相手によって見事に対応なさいますのね」

「君の魅力を最大限に引き出せるのは俺の方だと見せ付けたくてね」

「まあ、意地悪ですこと」

「褒め言葉かな?」


褒め言葉ではないけれど、異論は無い。

踊りやすいし、安心して身も任せられる。

それに先ほどの苛烈なダンスを踊ったと思えない、上品で精緻なダンスだ。

会場にいる淑女達はうっとりするだろう。

野生と、理性二つの魅力を併せ持つ殿方は、羨望を集めるものだ。


「わたくしの魅力よりも、お兄様の魅力に淑女達が上せておりますわよ」

「ローゼしか目に入らないんでね」


目に入らないから見えない。

アーアー聞こえないみたいなものか…。


くすりと笑って、マリアローゼは兄を見上げた。


「お家に帰ってもたまにはダンスの練習につきあっていただきますわ」

「喜んでお相手するよ」


するしないはともかくとして、カンナお姉様みたいについていけるように踊れたら楽しそう。

兄に相手を頼むにはまだ体力が足りていないが、

ダンスも中々体力向上に役立ちそうだ、とマリアローゼは考えを改めた。

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