第136話 兄は妹と踊りたい

「正真正銘、初めてのダンスなので、手加減してくださいませ」

「それはとても光栄です」


会場の中央に手を引かれている最中に、マリアローゼが小声で囁くと、

ヘンリクスも小声ながら本当に嬉しそうに頬を染めた。


家では何度も踊ってきたが、デビュタント前にして踊る機会が訪れるとは思わなかった。

この大陸の夜会で踊られるダンスは全て習得している。

あとは精度を高めるだけなのだが、ヘンリクスのリードは正確で身を任せて踊るのは苦ではなかった。

身を翻す度にふわふわと揺れるスカートと、ふわふわの巻き毛が可愛らしく、

マリアローゼの愛らしさに会場にいる人々が心を掴まれた。


姿勢も所作も足運びも完璧で美しく、あどけない愛らしさが加わり、

まるで花の妖精のようでもある。

最後まで踊り終えて、二人のお辞儀を迎えると、会場は割れんばかりの喝采で沸き立った。


気を抜かないで踊るダンスはもう物凄く疲れる。

というのをマリアローゼは実感した。

マリアローゼとヘンリクスが揃って会場の端へと戻るのと入れ替わりに、

会場にいた人々が今度は踊る為に中央に集まる。


「殿下、素晴らしいダンスをありがとうございました」

「こちらこそ、貴女の初めてのダンスはとても美しくてご一緒できて幸せでした」


涼しげな美貌に甘やかな笑みを湛えて、幸せそうに賛辞を述べるヘンリクス。

ちら、とマリアローゼが家族の位置を確認したのを見て、再度マリアローゼの手を取った。


「本当ならもっと一緒にいたいですが、貴女を家族の元に送りましょう」

「お優しいのですね。お言葉に甘えますわ」


小さな手を乗せて、マリアローゼはにっこりとヘンリクスに微笑み返す。


意図を理解してくれる賢い人だと過ごしやすい。

早く戻らないと、父が母とダンスしている今が猶予時間だ。

それを過ぎても戻らないと、強制的に迎えに来るし、ヘンリクスの評価も下がってしまう。

両国の平和、平和、と念仏のように思い浮かべながら、マリアローゼは家族の元に戻った。

シルヴァインとヘンリクスが短い挨拶を交わして、マリアローゼを托すとヘンリクスは王夫妻の元へと戻っていく。


「ローゼのファーストダンスは俺が踊りたかったのに」


「少し休ませて下さいませ」


ユリアがさっと渡してくれた冷たい飲物で喉を潤しながら言うマリアローゼに、

シルヴァインが驚いたような目を向けた。


「踊ってくれるのかい?」


「一生言われるのは嫌ですもの。その前にカンナお姉様と踊ってらして。戻る前に息を整えますわ」


ヘンリクスと違って、シルヴァインはもう成人男性と言っても通るくらい身長も体格も大きい。

差が有り過ぎると踊りにくいのだが、仕方ない。

父と母がダンスを終えて戻ってくるのと入れ替わりに、シルヴァインとカンナが中央へと向かった。


それを目で追うと、ぶすくれた聖女達を発見する。

見た目も着ているドレスも上等だが、明らかに不機嫌だ。

養父なのだろうか、ジェラルドやマリウスといった父親世代より少し年かさのいった男性に手を取られている。

テレーゼは嫌々と言った風情で、ダンスをしていた。

リトリーは、シルヴァインをちらちらと意識しつつダンスをしている。


彼女達は今まで色々な人の誘いを断ってきたのだろうか?


さすがにファーストダンスを養父と踊ると言うのは…

まだ幼いとはいえ、他にダンスをする相手がいないという事である。

婚約はしていないとしても、大抵は他の貴族の子息に誘われるか、歳の近い親戚、兄弟が相手をするのだ。

だが、最低限の相手すら用意出来ないと公表したようなものだった。

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