第128話 お兄様の乱入
「ねえ、私もう聖女になるのやめるから、学園通って良い?」
驚きの言葉を発しつつ、テレーゼがヘンドリクスに敬語も使わず話しかけるのに、マリアローゼは仰天した。
ヘンドリクスは慣れているのか、冷たい視線と口調で却下する。
「先程貴女が仰っていたように、聖女になりたいなりたくないではない。
その力を持つ者が聖女なのだから、二人ともこの国から出られないし、学園にも通えない」
その言葉にリトリーは顔を青くして、テレーゼは顔を赤く染めた。
「はぁ?それじゃ意味ないんだけど??ここに一生いろとか無理」
「やだやだどうしよう…キース様に会えないなんて」
えっ?
キース?
今キースって言った!
キースお兄様のこと?
マリアローゼの耳は象の様に大きくなった。
けれど口の中でぶつぶつもごもご言うだけで、リトリーの不明瞭な言葉はそれ以上聞こえてこない。
他のキースさんでありますように。
もしかして聞き間違えかもしれないし…
ちらりと見たリトリーは今にも泣き出しそうだった。
相変わらずテレーゼはヘンリクスに食って掛かっている。
カオスなお茶会になりつつあった。
種をまいたのはマリアローゼなので、ふうと息をついてテレーゼに声をかける。
「ちょっとお待ちになって?テレーゼ様。
どんな理由で聖女と名乗られたかは、少し脇に置いておきますとして……
例えばここでの身分失くして、学園に通える家柄と寄付金はございまして?」
「え?……何それ…」
さっきまで掴みかからんばかりに詰め寄っていたテレーゼの勢いが失速する。
今まで何故聖女になるというショートカットを使ったのか、現実を思い出したのだろうか?
「学園に入るにはまず、家柄が重要視されます。平民であっても元貴族の系譜だったり、商家だったり、聖職者だったり…貴族で無い方は貴族又は聖職者からの推薦状が必要になります。
そして寄付金によって運営されている学園に、一定以上の寄付金を納めねばなりません。
それから入学試験もございますし、成績優秀者には寄付金の免除もありますけれど……お二人の言葉遣いや礼儀作法を見る限り、今のままでは試験には受からないかと存じます」
二人の出自は分からない。
けれど、恵まれた貴族という訳ではなかったのだろう。
虐げられていたり、貧乏だったり、平民だったり…とかく正ヒロインは苦労する話が多い。
でもそんな生活にめげないで頑張るのが正ヒロインなのだ。
……多分。
虐げられていれば逃げたくもなるだろうし、記憶があれば近道したくなる気持も分かる。
ただ、その後何も考えずに過ごしてきたツケはどこかで払わなければいけないのだ。
お互いに記憶の接点があったせいで、ゲームの記憶を現実の世界に持ち込んで、
その共通認識を深めすぎたせいで、現実が全く見えなくなってしまったのかもしれない。
……何か違和感がある。
二人との会話の中に、何か違和感があったのだけど……
そう思ってマリアローゼは二人の様子を見たが、
テレーゼは呆然と椅子に座り込み、泣きそうだったリトリーは何故か無表情になっていた。
え?
怖……
さっきの全部演技だとしたら、とても怖い…
怒涛の会話に、何だか喉が渇いたマリアローゼはお茶をお代わりして、静かに味わった。
折角の焼き菓子も、摘んでさくさくと食べて、味を確かめる。
何というか……素朴な味だった。
古典的なお菓子なのだろうか?
質素な材料を使って、作り上げたような固さと味だ。
お茶に助けを求めつつ、もぐもぐと咀嚼していると、背後からカツカツと靴の音が響いた。
振り返ると、華美な装飾のついたブラウスとスラリとしたズボンを身につけた兄が近づいてきている。
爽やかな笑みを湛えたイケメンが、マリアローゼの側に立ち、公子と聖女候補の二人に挨拶をした。
「マリアローゼの兄、シルヴァインと申します。以後お見知りおきを」
言った後すぐに、マリアローゼの頭にキスを落とす。
テレーゼとリトリーは、と様子を窺うと頬を染めて見惚れている。
ヘンリクスは、立ち上がって挨拶を返した。
「此の度は大変な災禍に合われたとか。お怪我がなくて何よりでした」
「騎士たちが優秀でしたので、助かりました。何より愛しいローゼに怪我がなくて良かった」
微笑を湛えたまま、ナデナデと髪を撫でられて、何とも居心地が悪い。
お兄様、わたくしを盾にするのはおやめになって。
心の中で叫ぶけれど、口にした所で一笑に付されるのが落ちである。
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