第122話 悪魔か?聖女か?
さすがに物は飛んでこないが、責めるものと庇うものと入り乱れての大混乱である。
最早誰が何を言っているか等分からない。
だが、ここから離れれば余計に疑われてしまうだろう。
避難させようと駆けつけた長谷部に、マリアローゼは耳打ちする。
そして…
ピーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ
耳を劈く高音に驚いた人々が、一瞬静まり返った。
マリアローゼは高音を響かせた笛を口から離して、一言大きな声で伝えた。
「お静まりなさいませ。いい大人達がみっともありませんわ」
衣服をつかみあったり、怒号を上げた人々が、我に返りそろそろと椅子に座る。
冷静になった会場を見回して、マリアローゼは壇上の神官を振り返り尋ねた。
「議長さま。今までこういった前例はございまして?文献では見当たりませんでしたが」
「いいえ、聞いたことはありません」
「わたくしたちは旅の最中にも襲われました。ここでも何か細工された可能性もございますので、王都から別の水晶を持参しております。それを使用して頂いても?」
「はい。水晶をこちらへ」
既に手に用意していたマグノリアが、跪いて水晶を差し出す。
マリアローゼが手を触れるが、光もしなければ割れもしなかった。
「王都の水晶だけですと、今度はこちらに細工したのではと言う疑義が持ち上がりますので、帝国からも持参頂いております」
立ち上がったマグノリアが言うと、会場の端にいた二人の豪奢な神官服を纏った紳士達が、演壇の前へと水晶を持って歩いてきた。
「ガルディーニャ帝国から参りました。司教のルーセンです」
挨拶をして、水晶をマリアローゼに差し出す。
今度も光らず、割れず。
マリアローゼはほっと胸を撫で下ろした。
「ファーレンハイト帝国から推参致しました。司教のナハトです」
同じく、光らず、割れず。
ほっとした吐息を漏らしたマリアローゼは二人にお辞儀をして、会場に向き直った。
「これで悪魔でも、聖女でも無いことは証明出来たでしょうか?
いえ、でも、まだ疑わしいと思っている方もおりましょう。
アンセン枢機卿。貴方は前例のない出来事なのに、真っ先に悪魔と処断されましたけれど、何か根拠はお有りでしょうか?」
名指しされた枢機卿はびくりと、気の毒な位に身体を震わせてマリアローゼを驚愕の面持ちで見詰めた。
名前を知っていると思わなかったのか、いきなりのことだからなのか分からないが、確実に目が泳いで、気の毒なくらいの様相を見せている。
「あ、い、いや私は…その…」
「わたくし、聖女でも悪魔でもないと身の潔白を証明したいのですけれど…今のでご納得頂けまして?」
「そ…それは…もちr」
勿論納得しました、と言い終わる前にマリアローゼが言葉を被せた。
「無理ですわよね!悪魔と仰ったのですもの!
ですので、わたくし、異端審問官さまに調べていただきますわ。
それで、宜しいでしょうか?」
今度は誤解を受けまいとするように、アンセンは汗でびっしょりと濡れた顔を縦に何度も動かした。
「つきましては、水晶への細工の有無と、わたくしを悪魔だと仰られた方々の根拠もお調べ頂きますわ。それで、公平ですわよね?」
にっこりと微笑んで、胸の前で手を組んでいるマリアローゼには邪悪さの欠片もない。
無垢な笑顔を議長に向けて、議長はうむと大きく頷いた。
「審議は終了とするが、異端審問官による聴取と捜査を許可致します。ハセベー殿」
「承りました。ではまずアンセン枢機卿…」
アンセンに続いて大騒ぎをしていた何人もの枢機卿の名が呼ばれて行く。
まさか我が身に降りかからないと思って大騒ぎしていた彼らは慌てふためいていた。
逃げ出そうと席を立った者もいたが、近くにいる異端審問官に押さえ込まれる。
「それと、ミズーリ枢機卿」
「何だ、私は悪魔などと言った覚えは…」
「言わせた覚えならありますか?」
長谷部にすっぱりと切り返されて、ぶんぶんと首を横に振ったが、誰かが彼の名を口にしたのだろうか。
マリアローゼは不思議そうに長谷部を見上げた。
「別件でお話を伺いたかったのですが、手間が省けて良かったです。別室へどうぞ」
「他の皆様は1時間ほど待機を願います」
「フィロソフィ嬢はこちらへ」
ユリアがさっと駆け寄ってきて、別の部屋にマリアローゼは案内された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます