第121話 波乱の審議

翌日は朝食を取った後に、礼服に着替えて審議を行う場へと連れて行かれた。

大神殿の奥にある議場で、国主に告ぐ位の教皇、そしてこの大陸に住まう神官達は列席しているが、国主は審議には出席せずに、報告を受けるだけなのだという。

人々が集まる場所のちょうど裏手にある建物で、扉の真向かいに設えた演壇を中心に、扇形に席が並んでいて、多くの神官達が地域別に座っていた。


マリアローゼは演壇の前に、修道女に手を引かれながら歩いて行った。


「審議の前にお話したいことがあるのですけれど、宜しいでしょうか?」


この場を取りまとめる為に演壇に立っていた進行役の神官は、こくりと頷いて穏やかな笑みを見せた。

マリアローゼも笑顔を返して、大勢の神官達に向き直り、お辞儀をする。


「アウァリティア王国、フィロソフィ公爵家が末娘、マリアローゼでございます」


礼服を少し摘んで、お辞儀をしてから一同に向けて笑顔を見せた。


好意的な笑顔を向けるもの、表情を崩さない者、敵視をしているのか鋭い目の者、沢山の視線に晒される。


「まずは、当初からお伝えしていた通り、わたくしは聖女ではございません」


いきなりの宣言に、動揺するようなざわめきが会場に漣の如く広がって行く。

事情を聞いていないのだろうか?と思い、マリアローゼは更に言葉を続けた。


「王都の神官様が、人身売買と言うおぞましい罪に手を染め、その罪から逃れんとする為に、わたくしを聖女にと推薦したのです。もちろん、否定はさせて頂きましたが……

この国からの返答は、ルクスリア神聖国にて審議する、という一点のみでしたので、仕方なくこちらへまかり越した次第なのです」


「愚かな…貴女が幾ら高貴な御身分だろうと、聖女を愚弄するとは…」


悪意をもった眼差しで、一人の枢機卿が口を荒げる。

マリアローゼは動じた様子も見せずに、不思議そうな顔でその枢機卿を見詰め返した。


「どちらが愚かなのでしょうか?

わたくしは、この国に篭って何をされているのか分からない聖女さまより、

各地で祈りを捧げ、奉仕活動をされている修道士さまや修道女さまのほうが余程高貴だと存じますけれど」


まさか反撃を食らうと思っていなかった枢機卿が一瞬怯み、口を噤んだ。

席には座ってはいないが、久方ぶりの聖女の儀式に参列しにきた修道女達が、感嘆の溜息を漏らした。

扇形の席に座る高位神官とは別に、方々から集まった神官や修道女が壁際を埋めている。

そして、彼とは敵対関係に有る人達なのか忍びやかな嘲りの笑いもあちこちから聞こえる。


「聖女様には数々の奇跡を起こす御力があるのだ」


と自らの失態を返上しようと更に声を大きく、ミズーリ枢機卿は叫んだ。

彼に追随する者達もいる。

教会としての正論なのだ。


「ええ。ですが、それは高貴なご身分の方達にしか殆ど意味の無い御力ではございませんの?

わたくしは生まれてからたったの5年、今いる聖女さま達も10歳前後と聞いておりますが…

奇跡の力は確かに希少ですが、わたくしたちの何倍もの時間を祈り、清貧を貫いてきた方々よりも、その力だけで尊ばれるのはおかしいと思っております。

ここに集う皆様の方が、余程神に近しい存在ではないのでしょうか?」


可愛らしい笑顔で、あどけなく言われてしまえば、否定する言葉は見つからなかった。

この場にいる人々を否定する言葉になってしまえば、立場を失う事にもなりかねない。


「ですから、わたくしは新しい聖女さまには、お城や神殿に篭るのではなく、人々への奉仕の為に活動をされた方が宜しいと存じますの。

聖女とは、能力のみではなく、その行いについてこそそう呼ばれるべきではないでしょうか?」


これは抑止の為の、発言でもあった。

もう既にマリアローゼ達は「聖女の力」は命を削って行う奇跡だという事は突き止めている。

だからこそ、短命になる覚悟の上で、その立場に立とうという人々も少ない。

その流れで言えば、ここぞという時にしかその奇跡は使えない。

対外的には「何やってるかわからない」けど「奇跡はおこせる」のが聖女なのである。

だが、それはあくまでも教会側の建前であって、聖女を敬えと豪語するならば、

敬うだけの奉仕をしてから言えや!なのだ。

聖女の審議を受ける「高貴な身分の娘」が言うからこそ、人々に吹聴されては困るだろう。


そしてこの発言は教会の腐敗に遠い人々には喜んで受け入れられる論説だ。

逆に腐敗に近い人々ほど、否定の言葉を言い出しにくい状況になる。


あちこちでマリアローゼの話を受け入れる拍手が起こっている。

背後の演壇で話を許可してくれた、議長がこほりと咳をひとつしてから穏やかに言った。


「とても崇敬できるご意見を賜りましたが、そろそろ審議もしなくてはなりません。水晶を此方へ」


しんと静まり返った会場を、一人の神官が厚手の布の上に載せられた水晶を静かに運んでくる。

丸く磨かれた透明な玉は癒しの力に反応して光を発するのだが…

何の細工もなければ光らない筈である。


マリアローゼは捧げられたその丸い水晶に、手を伸ばした。

その手を水晶の玉に乗せた途端、丸い球体は音も無くぱっかりと割れたのである。

マリアローゼは手を乗せただけで、壊れるような事はしていない。

こてん、と首を傾げてその様子を見ていたが、会場はざわめきを増していった。


そして「悪魔だ」という声が発せられた。

マリアローゼがそちらを見ると、その男に続くように、あちこちでその囁きが広がり、会場は紛糾していった。


議長が鎮めようと声を上げるが、最早混乱しきっている人々には届かない。

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