第120話 水礼の儀
修道女に導かれながら、白い礼服を身に纏ったマリアローゼは儀式の間へと歩を進めた。
灯りを捧げ持つ修道女と、その後ろに金属の器に入れた香を撒く修道女が続き、
マリアローゼはその後に続く。
背後にはカレンドゥラとユリアがそれぞれの制服に身を包み、静かに付いて来ていた。
教会へ続く白く巨大な廊下を進み、地下へ下る階段を下りていく。
正面に両開きの大きな扉があり、そこへ至るまでの廊下には幾つか部屋がある。
大扉に一番近い部屋へ、修道女達は入っていく。
そこでマリアローゼは礼服から湯浴み用の薄絹の衣服に着替えさせられた。
修道女達が、緊張の面持ちで作業するのを、カレンドゥラとユリアが見守っている。
さすがに空気を読んだのか、ユリアも何時ものような軽口は叩かない。
でも妙にギラギラとした真剣な眼差しが怖いので、マリアローゼは目を合わせないようにしていた。
好意は嬉しいのだが、怖いのが本音だ。
着替えが終ると、部屋から出て大扉へ向かう。
そこはとても大きな空間だった。
四方を壁と柱に囲まれて、自然光は一切ない暗い空間に、燭台に灯された炎の光で、ぼんやりと景色が浮かんで見える。
大理石の床に四角いプールのような水を湛えた空間があり、扉側から降りる階段が水の中へ続いている。
そこからはマリアローゼだけが、進まなくてはいけなかった。
着替えの間で靴や靴下は脱がされて、今は裸足だった。
冷たい石の感触を感じながら、水へと足を踏み入れ、ひんやりとした水の冷たさにふるりと身を震わせる。
これ…心臓麻痺とかで死にませんわよね…
夏に行われていたプールの授業でも、事前には準備運動をしたものだ。
だが、そのような行程はない以上どうしようもない。
覚悟を決めてそろそろと足を進め、階段を降りきる頃には腰まで水に浸かっていた。
更に緩やかに傾斜する床を踏みしめながら、奥へと進むと段々と水位が上がっていく。
泳いではいけないし、頭の先まで水に浸からなければいけない。
とりあえず空気が確保できればよいのだが、やってみるしかなかった。
ぎりぎりまで顔を仰向けて空気を吸いつつ、最後はちゃぽんと頭を下げて、
少し待ってから振り返って顔を上げて空気を吸い込む。
濡れた視界には心配そうにこちらを見る、カレンドゥラとユリアが見える。
修道女達もほっとしたような顔をした。
だが、まだ儀式は途中なので、来た時と同じようにゆっくりと、水から上がる。
神殿を出るまで口をきいてはいけないのが慣わしなので、
薄絹に着替えた部屋で、元の礼服にまた着替えなおし、濡れ髪はそのままで部屋へと向かう。
神殿の外に待機していた騎士達は、儀式を終えたマリアローゼを見て、
こちらも安心したような顔をした。
マリアローゼも控えめな微笑を見せて、部屋へと戻っていく。
面倒な儀式が終わり、長谷部との話は兄に丸投げしたマリアローゼは一気に気が抜けて、自室に戻るとすぐにベッドに倒れ込んだのである。
暫くそのまま滑らかな質感に身を委ねていたが、きゅうと切なげな音が鳴った。
「安心したらお腹がすいてきましたわ…」
柔らかいベッドからむくりと身を起こしたマリアローゼを見て、髪を撫でるように拭きながら乾かしていたルーナが、さっと軽食をテーブルの上から持ってきた。
そして、手を伸ばしやすいようにベッドの脇に誂えてある小さなテーブルの上に皿を載せて、一つだけマリアローゼの手に小さなパイを持たせた。
「まあ…これは…」
マリアローゼの大好きなパイ生地のお菓子である。
ルーナはすかさず、ティートローリーの上に用意してあった紅茶をカップ一杯に注いで、小さなテーブルの皿の横に置いた。
マリアローゼはさく、さく、とパイに齧りついて、満足そうにもぐもぐと頬を膨らませている。
ルーナはマリアローゼの膝の上にナプキンを広げて、口に付いた細かなカスを時折拭ってやっていた。
小さな少女が小さな少女を世話する可愛らしさに、部屋の置物と化していたユリアとカンナが悶絶している。
「……私は置物…私は壁…喋ったらダメ、絶対…」
小声で念仏のように唱えるユリアの声は、幸い?カンナにしか届かなかった。
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