第113話 父母達の学生時代が知りたいお嬢様
列車自体は作るのは難しくないし、時間をかければ線路の敷設も問題ないだろう。
一番の問題は魔物対策だろうか。
昔やっていたゲームで、放置した乗物に勝手に乗り込んだゾンビが運ばれていくのを呆然と見送ったのを急に思い出して、くすりと笑う。
だが現実的には、魔物による施設への破壊や、大型の魔物による追突による脱線事故なども起こりうるだろう、と考えると色々と難しい。
むしろ空の旅の方が実現しやすいだろうか。
少なくとも空を飛ぶ大型魔獣であるドラゴンはこの大陸には存在しない。
飛行機よりは飛行船?もしくは気球?
気球ならばすぐに実験できそうだし、風の魔法で操作もしやすそうだ。
他の大陸にならドラゴンはいなくても、ロック鳥やグリフォン、ペガサスなどいないだろうか。
もしいたら乗ってみたい。
などとぐるぐる考えていると、割と早い時間に町の影が見え始めた。
「まあ…懐かしいこと」
窓の外を見たミルリーリウムが楽しそうに目を眇める。
まるで彼の地で過ごした学園生活を思い出しているかのように。
「そういえば、お母様とお父様も通われていたのですよね、セントシリウス学園に」
「ええ。学生時代のお父様もそれはそれは素敵だったのよ」
今でもとても仲の良い夫婦で、お互いをとても思いやっているのが伝わってくる。
欲しがっていた娘、であるマリアローゼに向ける愛情もひとしおだが、伴侶に向けての愛情も深い。
理想の夫婦なのではないだろうか、とマリアローゼも思っている。
いつか、そんな風に愛せる方が出来るのかしら?
求めてはいないんだけど。
と醒めた思いを浮かべつつ、母の眺めている学園の尖塔や、巨大な教会の建物を一緒に眺めた。
背後にはそれを圧倒するかのような、魔の山嶺の稜線が連なっている。
「この辺りは魔の山嶺も大樹海も近いですけど、生徒の方々も戦っておりますの?」
「わたくしの代では戦っていましたねぇ」
顎に手を当てて、思い出すように瞳を巡らせて母が答えた。
向かいに座るカンナもうんうんと頷いているので、視線を向けると、カンナも話し出す。
「我々も戦っておりました。一応、成績や冒険者ランクで立ち入り可能な地域も選定されていまして。
手に負えない魔獣などが出た場合は、先生方や町の衛士や冒険者対応になりますね」
「神聖国の騎士さま達はお出になりませんの?」
「余程数が足りなくなれば、対応する事もあるかと思いますが、
基本的には学園都市より公都を守る為のものだという認識ですね。
私の代では参加していた騎士はいませんでした」
神聖国の騎士というのは、割と形骸化が進んでいるのだろうかという考えが過ぎる。
偉そうだったユバータが天幕で震えていた、というのも見聞きしてしまったし……。
元々貴族や国の重鎮だけが大切にされる国、なのかもしれない。
でもその程度の信仰しか持たない神聖国というのも、何だか皮肉な気がしてしまうマリアローゼだった。
「それほど大きな戦闘が起こらなかったのは良かったですわ。
マグノリア様がいらしたら、ずっと戦ってしまいそう……」
「ふふ、そういう事もありましたわね……」
あったのかーい。
そういえば、学生時代知り合いだったんだった。
「マグノリアは今は落ち着いているけれど、あの頃は本当に猛獣のようでしたもの」
「も、猛獣…」
きっとお父様も、陛下も大変だったに違いない。
ゲームも原作小説も、マリアローゼや主人公の一部の物語でしかない。
出来るなら、母や父の学生時代のストーリーを小説などに仕立てて読んでみたいものである。
とはいえ、父母は忙し過ぎて執筆の時間はないだろう。
そして、過去を見たり聞いたり出来る便利な魔法などがあったら……そんな娯楽には使われずに、犯罪捜査で大活躍となりそうである。
地道に聞き取り調査をして、本にするしかなさそうだ。
いつか、そんな風に調査と手記を手がける事が出来る人物に巡り合えたら、是非とも製作してもらおう。
考え事が落ち着いて、マリアローゼはきゅふんと息と漏らして、椅子と化している兄に凭れかかった。
そろそろ町に入る所で、城壁の巨大な門に先頭が差し掛かるところだ。
この城壁から先はルクスリア神聖国の領土となる。
「今日はフォルティス家の別邸に泊まりますわよ」
兄の膝の上で大人しくしているマリアローゼの頭を、母が手を伸ばして優しく撫でた。
「まあ…別邸が?寮で暮らしていたのではないのですか?」
「寮で暮らしてる方も多かったのだけれど、姉妹や従兄弟も一緒の年代だからと言って、お爺様が建ててしまわれたのよ」
それは…何と言う不都合な……いや不都合でもないのだろうか?
寮暮らししてみたいけれど、面倒な事も多々ありそうではある…でも…
うぅん…と悩み始めたマリアローゼの頭を、今度はシルヴァインがぽんぽんと優しく撫でた。
「まだ何年もあるんだから、悩むのはまだ先にしておいで。今はもっと重要な事が目の前にあるからね」
言われて見ればそうである。
人生を賭けた大勝負が待っているのだ。
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