第112話 交通について考える幼女

明日には父の言ったとおり出発出来るだろうか?と考えながら朝の支度をしていたマリアローゼに、今日既に出発の準備が整ったとランバートが伝えに来た。

相変わらず、お仕着せを隙なく着こなした、スペシャルな執事である。


「お久しぶり、ランバート。貴方に会えて嬉しいわ」


にこにこと言うマリアローゼに、ランバートは静かに微笑んで、会釈を返した。


「私もお嬢様のご無事な姿が拝見できて、嬉しく存知ます」


「朝食は馬車の中にご用意しておりますので、参りましょう」


着付けを手伝っていたエイラが、旅行鞄を従僕に運ばせつつ、マリアローゼを振り返った。

はっとして、ベッドを振り返るが、熊の置物は撤去されていたので、マリアローゼはルーナを見る。

ルーナはこくりと頷いて、手荷物の鞄を少し持ち上げてみせた。

できる侍女なのである。

マリアローゼは満足そうに微笑んでルーナに頷き返した。


「はい」


エイラに向き直って返事をすると、マリアローゼはとてとてと部屋を後にした。



馬車に乗ろうとすると、後ろからふわりと抱き上げられて、シルヴァインの声が耳元でした。


「さすが父上、だな」

「おはようございます、お兄様」

「お早う、ローゼ」


そのまま抱えられて、馬車の中に乗り込むと、今日は膝ではなく座席に座らされたので、マリアローゼはきょとんとシルヴァインを見上げた。


「俺も朝食がまだなんだ。食べ終わったら乗せてあげるよ」

「頼んでおりませんわ。一人でも座れますもの」


まるで乗れないのが残念だと言ってる様にとられて、マリアローゼはぷんぷん怒った。

確かにちょっと、座る位置が低くて、窓の外は見えにくいけれど、

だからと言って子供というか赤ちゃん扱いはされたくないお年頃なのである。


マリアローゼが着席したところで、ゆっくりと馬車が進みだす。

外には王国から来た騎士達が、規則正しく馬を歩かせていた。

馬車の周囲は護衛騎士が付いており、王国の神殿騎士も共に並んでいるが、

馬車の前方と後方に数多くの騎士達が武装して、鎧を着けた軍馬に跨っている。


一体どれほどの公費が掛かるのかしら…


朝食をもぐもぐしながらも、マリアローゼは憂鬱な顔で外に見え隠れする景色と騎士達を眺めた。

食べ終わると、シルヴァインが慣れた手つきで抱き上げようとするのを、手を叩いて阻止しながら外を見る。


曲がる道では列の先の方まで見えて、壮観ではあるのだが、少し騎士達の格好に変化が見られた。

全員統一されている訳ではなく、集団毎に特色があるのだ。


「王城からの騎士さま達ばかりではないのですね」


先を見ようとするように、背伸びする5歳児を、スッとシルヴァインが素早く抱き上げて膝に乗せた。


「この方が見やすいだろう?この辺りを治めているマルモル伯爵と、近くの領地の二つの家のご子息とは会っただろう?あとは王都からここまでの間の領地を治めている方々の私兵もいる」


「そうなのですね」


遠くて見えにくいが、馬鎧にも綺麗な紋章入りの敷き布が使われており、

細かい規定があるのか、色や紋章は違えど形は揃っているので見栄えは然程悪くなかった。


「フィロソフィ公爵家は遠いけれど、フォルティス家はそこまで離れていないから次の町で合流するようだよ」

「お爺さまもいらっしゃるの?」


生まれてから何度も会っているが、お爺様と呼ぶにはまだ若い50代なのである。

とはいえ現代と違って平均寿命の短いこの世界では老人の域だ。

もう既に引退して家督は伯父に譲っている。


「叔父上は来るだろうけど、引退している身だからどうかな」

「それもそうですわね…」


50代になって馬での旅なんて、とんでもないかもしれない。

しかも魔獣も出る命がけの旅行きなのである。

安心安全な電車での旅と訳が違う。


でも、そう考えるとあと何度会えるのだろうか。


フォルティス先代公爵は武骨で豪放磊落な、根っからの武人でマリアローゼを全力で構い倒してくる好々爺だ。

片やフィロソフィ先代公爵は気難しいと言われるが、マリアローゼには穏やかで優しい。

どちらも大好きで大切な祖父なのだ。


「大人になったら、わたくしから遊びに行かなくてはなりませんわね」


ふんす、と力強く言葉にすると、ミルリーリウムが嬉しそうに微笑んだ。


「まあぁ…父上もお喜びになるわ」


アウァリティア王国では基本的にではあるが、家督を譲れる子息が成人し、領地経営などを学んだ上で結婚した段階で家督を譲り、親は隠居をする場合が多い。

それに伴って、社交シーズンも王都へ訪れない人々もいる。

王都の暮らしが気に入っている貴族達はそのまま、領地経営を子息にまかせて王都で暮らしている事もあるが、現役ではないので夜会は開けないし、呼ばれる事もほとんどない。

気兼ねなく過ごせる友人とサロンでテーブルを囲むか、親しい間柄の人々と晩餐会や茶会をするかなのだが、それも年齢と収入との兼ね合いである。


貴族としての立場とは別に、国の要職に付き、王に請われて留まっている場合もあるが、その場合は王都の屋敷ではなく王城に住まいを与えられる事もある。

だがそれも、大抵の場合は引き継げる後任を見つけて引退するのが通例だ。


列車を作れば、交通の便はよくなるけれど…


ふむぅとマリアローゼは唸って考え込む。

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