第110話 冒険者への憧れ

次の日は、漸く一段落したのか、朝から兄が部屋に入り浸っている。


「テネブラエ侯爵とマラキア辺境伯とマルモル伯爵のご子息が訪ねて来たんだと聞いたけど、彼らはどうだった?」

「どう…とは?皆さん可愛らしかったですけど…?」


特に兄に伝えるべき問題のある者はいない。

最終的にはカンナの武勇伝に感嘆していたお子様達なのだ。


「ふふっ、そうかそうか」


シルヴァインはマリアローゼの感想を聞いて、上機嫌ににこにこと笑った。

マリアローゼはこてん、と首を傾げて兄の顔を眺めるが、本当に特筆すべき人は…


「あっ、カンナお姉様のお話がかっこよかったですわ」

「ほう」


そして、マリアローゼは身振り手振りを交えて、昨日聞いたカンナの冒険譚を話し始め、シルヴァインは興味深そうに耳を傾けた。


「ですから7歳になったら、わたくしも冒険者登録致しますの」

「それは無理だな」


ふんす!と力強く言ったマリアローゼの宣言を、シルヴァインはにべもなく切って捨てた。

反対されるとは思っていたが、マリアローゼは諦めない。


「何故ですの?お兄様」

「あの父上がお許しになると思うかい?最悪ギルドに圧力もかけるだろうね」

「しょ…職権乱用ですわ!」


その位のことはしてのけるだろう父ジェラルド@宰相なのである。

むむむ…とくちを噤んで考え込むマリアローゼに、シルヴァインは肩を竦めた。


「学園に通い始める12歳からなら、まあ許されるんじゃないか」

「それじゃあランクが中々上がらないではありませんか……地道な薬草摘みはもっと幼くても出来ますわ」


それを聞いて、シルヴァインはニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「そんな時間はないんじゃないかな?」

「え、何故ですの?」


「貴族と平民の差だよ。平民は冒険者としての仕事がそのまま糧になるけれど、俺達は違う。

10歳から社交界にデビューしたら、君は少なくとも全ての茶会に招待されるだろう。母上と父上が吟味するとしても、まず遠出は出来ない」


「あ……そ、そんなぁ……困りますわ……」


眉を下げて困った顔をしたマリアローゼが天を仰ぐ。

シルヴァインの言葉は至極現実的である。

デビュタントを終えれば、その時点で公爵家直系の最少年令嬢になってしまうので、呼ばれるのは分かる。

見た目や才能がどうとかではなく、完全に家柄としての責務だ。

暫くしてからはっとして、シルヴァインを見詰めて言い募った。


「でも、でも、社交期間が終れば、領地に帰れますし…」

「商会や孤児院からの派遣の仕事もするんだろう?まさか立ち上げて満足して終わりという訳にはいかない。

それとも全部俺達に任せるかい?」

「うう…そんな無責任な事しないと分かって仰ってますでしょ……」


兄に舌戦で勝てるわけはないのだ。

これは何が何でも自分が携わる必要がないくらいに優秀な人材を集めなくては。

そして教育をして、育て上げるのである。

マリアローゼは決意を新たにした。


ふむ、それならば社交というのもまた悪くはない。


平民になる予定(仮)の人間ならば、ある程度の教養とマナーも見込める。


「お兄様、ご助言有難う存じます」

「いや…そういうつもりじゃなかったんだが」


マリアローゼは初めて、やらかした!という顔のシルヴァインを見た。

助言ではなく、父と同じように冒険者への道を閉ざしたかったのだろうか。

じっとそんな珍しく動揺した兄の顔を見詰めた。


「大丈夫ですわ、お兄様。きちんと身体も鍛えますし、いざとなったらお父様と決闘して頂きます」

「そんな事言われたら父上が寝込んでしまうから止めなさい」


母上は笑うだろうけど、とシルヴァインは父の心労を気遣った。

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