第95話 ロサの森林バイキング
街道を逸れて森の中に入った馬車が、割と広めの平らな空き地に停まった。
うずうずしていたマリアローゼは、シルヴァインの膝から降りると、馬車の扉を開けて外に出ようとして、
エイラに素早く捕まえられた。
「お待ち下さいませ。お着替えを致しましょう」
「え…でも…」
「俺が様子を見てくるから、ローゼの支度をお願いする」
「承りました」
席を立ったシルヴァインが、捕獲されたマリアローゼと捕獲したエイラの側を颯爽と通り過ぎた。
そして、振り返って車内に居る男達にも声をかける。
「アル、ノクス、テースタ。君達にも手伝ってもらうよ」
「はい」
三人が返事を返して、シルヴァインの後に続く。
久しぶりにアルベルトの声を聞いた気がした。
通り過ぎざまにアルベルトにニコッと微笑まれて、マリアローゼもにっこりと微笑み返す。
男達に続いて、カンナも出て行き、エイラは扉を閉めて錠を下ろしてから
マリアローゼの着替えの手伝いを始めた。
動きやすいフリルや無駄な装飾のないワンピースに、シンプルな前掛けを付け、
髪はまとめて、白い布の帽子で頭を覆う。
「まあ…何て可愛らしいの。素朴なお洋服がローゼの可愛らしさを引き立てているわ」
絶賛である。
いつも母や父の褒め殺しにさらされると、何だか気恥ずかしさに身もだえしたくなる。
マリアローゼははにかみながら、ミルリーリウムにお辞儀をした。
「今日のローゼもきちんと肖像画にしておかないといけませんわね」
「えっ……またですか」
ミルリーリウムは返事の変わりに、美しい微笑を見せる。
お父様がきてしまうと言われたら、どちらにしても受けざるを得ないし、
マリアローゼが拘束される訳でもなく、勝手に画家が描いているのだから
現物を見なければ特に問題はないのかもしれない。
「わたくしも、お外を見て参ります」
「気をつけるのですよ。遠くに行ってはいけませんからね」
「はい、お母様」
ルーナがマリアローゼの先に下りて、小さな手を差し出す。
マリアローゼがその手を借りて、馬車をおりていくのをミルリーリウムは微笑ましく見守った。
「そうだわ。マリアローゼと一緒にルーナも描いてもらいましょう」
ぱん、と手を打った女主人に、エイラは静かに微笑んで頭を下げた。
そんな事とは露知らず、マリアローゼはルーナと手を繋いだまま、広場を見渡した。
公爵家の旅馬車の後ろには、従者用の馬車1台に荷物用の馬車が2台、
遅れて従者達に押されながらもう1台の従者用の馬車が広場にたどり着いた所だった。
アケルとマグノリアが簡易的な天幕を張り、中に置かれた長机に地図を広げて話し合っている。
その他の王宮騎士と神殿騎士達は、同じような簡易天幕を設置していた。
シルヴァインやアルベルト、テースタも同じように手伝いをしている。
「あ、そうでしたわ」
マリアローゼはふと思いついて、ルーナの手を引いて森の近くへと歩いていく。
「見張っていてね」
そうルーナに言うと、木の陰でごそごそとマリアローゼは胸元の袋からロサを取り出して、森に放った。
最近、人間の食事しか与えていないので、森の食べ物バイキングである。
中々マリアローゼから離れようとしないロサを、森の奥のほうに向けて少し押す。
「ここに居ますから、見つからないように戻ってきてね」
そう声をかけると、頷くように身体を上下に震わせて、ピンクのスライムは這ったり飛んだりしながら
森の中の植物を食べ始めた。
木の根元に座り、ルーナとぼんやりと日向ぼっこをしていると、
神殿騎士のエダールが、森に何かを投げ入れるのをマリアローゼは目撃した。
向こうからは木の陰になるように座っている二人には気付かなかったのだろう。
ルーナも同じく気付いたようで、マリアローゼに向かって頷く。
程なくすると、今度は反対側からウェルシがやって来た。
「あ、マリアローゼ様」
人の良さそうな笑うと糸目になる青年である。
ぺこりと敬礼をして、にこにこっと笑顔を浮かべた。
腕には小さな袋を抱えていて、木の根元にその一つを置いていく。
「それは何ですの?」
「魔物避けの薬草ですよ」
「魔物避け…嫌いな香りでもするのでしょうか?」
マリアローゼの問いかけに、ウェルシは嬉しそうにこくこくと頷く。
「そうです。逆に魔物寄せって薬草もあるんですよ。そっちは中々手に入らない材料ですけど、
おびき出す時はそちらを使うんです」
「もし、二つが同じ場所にある場合は、どちらが優先されますか?」
「やった事がないので分かりませんね……」
確かにそうである。
無駄な実験になるのではあるけれど、何事にも検証は必要だ。
「そうですわよね。わたくしもお手伝いいたしますわ」
「いえいえ、あと半周で終りますので、お嬢様方はここでのんびりしてください」
慌てたように手を振って、ウェルシが袋を抱えたまま先ほどエダールがいた場所近くにも袋を置いている。
「さっきのあれ、気になりますわね」
「私が探して参りますので、お嬢様はここにいらしてくださいませ」
ルーナが言うと、ススっとさり気なくウェルシに近づき話しかけて、袋を一つ貰いつつ
エダールが何かを投げ込んだ辺りを見ていると、しゃがんで何かを手にして戻ってきた。
ウェルシの持っていた布袋に近い大きさの茶色の袋には、何だか変な模様が書かれている。
何が入っているのだろうと、ドキドキしながら袋をあけると、予想外の物がそこにいた。
あった、ではなくいたのだ。
ロサが。
「まあ、ロサ、あなた何をしているの…?」
袋の中身は空である。
何が入っていたのかは分からないが、すっかり無くなっている。
「元気だから大丈夫そう?かしら?…お食事の続きを楽しんでらっしゃい……」
複雑な気持でマリアローゼは再びロサを森へと解き放った。
手元に残ったのは奇妙な模様の布袋だけである。
マリアローゼはふぅ、と溜息を零した。
「これをお兄様に渡して、事情を話してきてくれる?」
「承りました」
本当ならば自分で行きたいが、ロサの帰りを待つ身なので、大人しくそこでルーナの事を見守る。
ルーナと入れ替わりになるように、ノクスが歩いてきて、マリアローゼの隣に腰を下ろした。
初めて会った頃は同じ歳くらいかと思っていた姉弟だが、
食事をとり、身体を鍛えだしたからか、段々年上のように見えてきている。
じっと見ていると、ノクスが照れたように頬を緩めた。
可愛い。
将来イケメンになるだろう有望株の美少年である。
「最近の生活はどう?困っている事はなくって?」
「幸せです。お嬢様に御仕え出来て、姉も私もとても幸福です」
マリアローゼの問いかけに、頭を振りながら、ノクスは笑顔を見せた。
うんうんと頷き返して、マリアローゼは安心して樹木に背中を預ける。
「それなら良かったですわ。何かあったらすぐに言って頂戴ね。
二人には末永く側にいてほしいもの」
「勿体無いお言葉です。一生マリアローゼ様のお側でお仕えしたいです」
力説するように、姿勢を正して言われて、マリアローゼはその勢いに少し驚き、
それから嬉しそうに微笑んだ。
「嬉しいわ、ノクス」
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