第94話 初めての野営

大変な治療で足止めを食い、一日旅程が増えたが、美味しい食事と綺麗な風景に癒されて、翌日は日の出と共にゆったりと支度を始め、食事を終えてから馬車へと移動した。

町民総出か?というくらい大勢の人々に見送られて、一路ルクスリア神聖国に向けて出発する。


湖から帰った後、マリアローゼが昼寝をしている最中に、冒険者ギルドの長が宿を訪ねてきたらしい。

この町にも支部はあるが、エルノから掃討戦に向けて出向していたギルド長が、

怪我人を助けた謝礼を持ってやってきたのだが、兄は謝礼は受けたが金銭は受け取らなかった。

元々、此処に住まう人々や旅人の安全の為に戦ったのである。

金銭は怪我人へ使うように申し渡して、話を終えたと馬車の中で兄に報告を受けたマリアローゼは

兄の対応に満足してにこにこ笑顔を浮かべた。


「素晴らしいですわ、お兄様」

「ローゼの偉業を汚す訳にはいかないからね」


と兄もニコッと爽やかな笑みを浮かべる。

山と山の間を抜けるように作られた街道も、深い谷に阻まれて山越えの道に入った。

そろそろ難所と思われる地域である。

街道沿いの森の中には、時折休憩出来る様な簡易的な椅子と雨除けだけの素朴な建物も建っていた。

馬車に乗っていると大変さが分からないが、やはり平らとはいえ勾配のある道は疲れるのだろう。

時折その小さな建物に座っている旅人も目にする。

鬱蒼とした木々が山頂付近に差し掛かると、草原に景色が変わってきた。

そこで昼食を取り、午後に出発して、半刻もした頃突然馬車が停まった。


「あら?何かあったのかしら?」


のんびりとした母の声に、うとうとしていたマリアローゼもシルヴァインの腕の中から窓の外を見る。

騎士達は、マリアローゼ達の乗る馬車の後続の方へ向かっていた。

コンコンと扉をノックされて、エイラが馬車の錠を上げて扉を開くと、アケルが扉の前に立っていた。


「後続の馬車が破損致しました。直すには特殊な部品が必要だそうで、職人が今からこの先の町へ

部品を買いに行くそうです。こちらの馬車だけでも先に進めますが…」


と困ったような顔で言うと、ミルリーリウムはにっこりと微笑んで首を横に振った。


「従者達を置いて行くわけには参りませんわ。近くで野営できる場所はございまして?」

「はい。少し先まで行けば、街道沿いから外れますが適した場所はございますので、

問題ないかと存じます」

「では、そこへ参りましょう」

「は」


アケルが一礼して、騎士達に指示を出しに行くのを見送り、エイラが扉を閉じて錠を下ろす。

席に座り直したミルリーリウムが、静かに微笑んでシルヴァインを見詰めた。


「宜しくて?シルヴァイン」

「はい。問題ありません、母上」


何だか含みのある遣り取りだが、二人は静かな笑みを浮かべている。

それよりも野営とは…うきうきどきどきが抑えられないマリアローゼ5歳児であった。

このキャンピングカー仕様の馬車が火を噴くときがきたのである。

いや、実際に火を噴いたら困るのだが、トイレや調理場完備な優秀な馬車が活躍する機会なのだ。

流石に危険もあるので、外で眠るとかは出来ないが、夜に外にいるのは初体験。

マリアローゼは始めての冒険ぽいシチュエーションを満喫し始めた。


「お兄様、お母様、夕食は狩りに行きますの?」

「いや…行かないよ。馬車に食糧も積んであるからね」


用意は万全なのである。

マリアローゼは眉を下げて、あからさまにがっかりな顔をした。


「そうですの……てっきり何か動物とか…そういうものを食するものだとばかり…」

「うーん。予定外だったらそうなるのかもしれないけど、昨日沢山町の人から色々貰ったのもあるし」

「まあ、そうでしたの?」

「あの町に治癒師はいないし、掃討戦で訪れた治癒師も冒険者以外を治療する余裕はないからね。

治療を必要としている人々も割と多かったんだ」


思い返してみれば、旅装の人々も沢山いたが、町民ぽい人々が半数くらいは占めていた。

怪我を放置せざるを得ない人々の慢性的な痛みや、治療できないまま長引いた病気など、

治癒師のいない町に蔓延する貧困とはまた別の苦しみである。

観光地としても、旅の要所としても良い場所だから、治癒師の一人や二人いそうなのだが、

冒険者の治療に狩り出されてそのままいなくなってしまうのだろうか。

あと数日も進めば、魔の山嶺に行き着くからか、この辺りの山々にも掃討戦が行われるくらいには

小規模の魔物の群れもいるのだ。

騙し騙しでも暮らしていける程度の怪我や病よりも、当然冒険者への助力の方に人員は割かれるだろう。

中々に悩ましい問題である。

が、だからこその医術、医療の発展の見込みがあるのだ。

でも、そこにも当然の如く神聖国が立ち塞がってくる。

前世でも信仰と医療&科学の対立構造はあった。

信者による迫害があり、魔法はないものの祈りでどうこうなる、みたいな押しつけすらあるのだから、

力としての魔法が存在する世界ならもっと酷い事になっていたのだろう。


「ふぅむ……やはり薬の発売は急務ですわね」

「俺達がこの旅に出る前に、クリスタとレノ、エレパースとマリクには色々頼んでおいたよ」


さすがお兄様、と言いたい所だが、こき使う気満々ではないだろうか。

色々って何だろう色々って。

にこやかに微笑を浮かべるシルヴァインを暫くジト目で見てから、マリアローゼは視線を窓の外に戻した。

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