第88話 兄達への手紙withロバ
マリアローゼが目を覚ますと、もう夕方だった。
まだ陽は沈んではいないが、大分傾いてきている。
もぞもぞと起き上がり、ベッドの縁に這い出ると、母のミルリーリウムがソファで優雅にお茶を飲んでいた。
「おはよう、ローゼ」
「お母様、戻ってすぐ寝てしまって申し訳ありません」
「疲れたのでしょう。気にする事ではありませんわ。
お土産の果実はどれも美味しかったですよ、ありがとうローゼ」
「お気に召して頂けたのなら嬉しゅうございます」
まだ眠気のとれない目をくしくしと擦りながら、母の横に座って抱きつく。
母は、優しく抱きしめて、マリアローゼの頬を指で撫でた。
「無理はしなくていいのですよ」
「はい……あ、でもわたくし、お兄様達にお手紙を書かなくてはいけないのでしたわ」
突然覚醒したのか、マリアローゼはしゃんと背筋を伸ばして座り直す。
「あら?そういえばシルヴァインお兄様は?」
「ローゼと一緒に戻った後に、またカンナさんとお出かけしました。
この町に滞在しているカンナさんのご友人に会いに行くとか。
夕食までには戻るでしょう」
兄に言い付かったのか、ルーナが目の前の長机に、手紙の用意を整えている。
そして、可愛いロバの置物を一つずつ丁寧に並べていく。
「随分沢山いるけれど…?」
と不思議そうな顔をするミルリーリウムに、マリアローゼはにっこりと笑いかける。
「お兄様達にひとつずつと、ロランド様と、マリクとエレパースとヴァローナと…」
マリアローゼは小さい指を折りながら、誰にあげるかを数えた。
「あとはわたくしの分と…お父様はまた別のものにしようと思ってます。
お母様と王妃様はうさぎにしました」
ルーナに差し出された兎の置物を、マリアローゼが母の手の上にちょこんと乗せる。
「まあ…嬉しいわ。可愛いらしい」
赤いリボンを首に巻いた白い毛並みの兎を、白い手の上で色々な角度から眺めて嬉しそうに母が笑う。
王妃に贈る兎は、黄色の毛並みに白いリボンをしている。
「お母様に差し上げるのは、王妃様うさぎで、王妃様に差し上げるのはお母様うさぎですの」
「まあ……」
女の子らしい気遣いの詰まった贈り物に、ミルリーリウムは感動で涙ぐんだ。
当のマリアローゼはふんふんと、一生懸命に綺麗に包装を続けている。
手書きのカードを添えて、紙袋に入れてから、生地屋で買ったリボンを念入りに選んで結ぶ。
そして時間をかけて丹念にロバを眺めては、誰に贈るかを熟考して、カードと共に包装して行く。
最後は兄達への手紙、代表してキース宛に手紙をしたためる。
宿題の1つは、
「蜂蜜以外の甘味を探す事」
精製して甘味料として菓子や料理に使う為、癖のない味が好ましい。
見つけ出せなくても、探し方などを模索しておいてもらえれば、今後の指標に出来る。
もう1つは、
「商業ギルドとの軋轢を避ける方法」
現在の食事が出来る店の形態を変え、色々な料理を出せる店を構えたいのだが、
やり方は二通り。
貴族に仕える料理人のように、少ない人数で多様な料理を作る方式。
ギルドの規則に従って、専門の料理人を集めて、一箇所で働かせる方式。
どちらにしても反発は生まれるのは必然なので、その回避方法の検討だ。
ギルドの規則や特化した専門料理人を使わないならば、商業ギルドの管轄ではない場所、町の外や郊外で店を開くというのも良い方法かもしれない。
贅沢や流行が好きな貴族なら、馬車に乗って食事に行く、というスタイルが生まれる可能性もある。
ただ、食事に関しては庶民にまで間口を広げるには時間がかかりそうだ。
王国は豊かな方だが、貧民や孤児もいるのに、そちらの問題を後回しにして…というのも気が進まないし、緊急性も低い。
なので、後はぽいっと丸投げ。
あとは近況というか、食べて美味しかった果実やデザートについて書き連ねて終了した。
手紙はシルヴァインも読むだろう事を考えて、封はしないままにしておく。
封と言えば封蝋。
意外と面倒なんだよね…と手順を思い浮かべる。
蝋を溶かして垂らして印を押す。
これ、魔道具でスタンプ出来るやつにしたら楽では?
現代であればその手間こそが楽しい、というやつではあるのだが、常に仕事で使うとしたらどうだろう。
貴族だけではなくて、ギルドなどの組織でも使うが、完全受注製作になる上に上限は決まっているので、
商売としてはあまり旨みがない。
自宅用という事で、早速レノとクリスタ宛に、思いついた魔道具についての製作依頼の手紙を書き上げる。
そして、出来上がったら父に渡すようにとお願いも添えた。
等とせっせとマリアローゼが作業を進めているうちに、シルヴァインがカンナと共に戻ってきた。
「おかえりなさいませ、シルヴァインお兄様、カンナお姉様」
「ただいまローゼ」
「ただいま戻りました」
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