第87話 陰謀が気になるお嬢様
家で待っているキースとミカエルとジブリールとノアークへ、全力投球をする気満々のマリアローゼを見て、シルヴァインは笑顔を浮かべたまま肩を竦めた。
質問のように投げかけた言葉だが、末尾に疑問符のない決定事項だった。
「じゃあ、後で手紙を書いて送ろう。ほら、あの…面白い置物と一緒に」
「面白いじゃなくて、か わ い い ですわ!」
「わかった、わかった」
ぷう、と頬を膨らませるマリアローゼに、笑いながらシルヴァインが答える。
そんな二人の遣り取りに、フェレスとパーウェルも微笑ましそうに笑顔を向けていた。
そこへ、店員がデザートを運んでくる。
「こ…これは…」
見た目はクレープである。
といっても、色はパンと同じく少しくすんで黒ずんだ色なのでガレットに近い気もする。
薄く焼いた生地に、果実が包まれているようだ。
ナイフで切ると、中から果汁とソースが溢れてくる。
口に運ぶと、果実の甘みと蜂蜜の甘味が口に広がった。
「美味しいです……」
ほわあっと幸せそうな笑顔をマリアローゼは浮かべた。
果実を煮込んだジャムと、新鮮な果実、そして蜂蜜のハーモニーである。
これはこれで十分美味しいのだが、生クリームがほしいところだ。
生地にももう少しバターを…
などと考えつつ美味しく食べ終わり、違う種類の果実のシルヴァインからも分けてもらい、マリアローゼ本日二度目の満腹な時間を迎えた。
やはり、砂糖も探さないといけませんわね……
今の所甘みと言えば蜂蜜と果実と、料理でいうなら野菜の甘みにしか出会っていない。
蜂蜜は香りが強すぎるので、無香料に近い甘味が欲しいのだ。
サトウキビやテンサイ、ステビア辺りはどこかにありそうだが、
広まっていないのなら、この世界では毒がある植物なのかもしれない。
どうやって探したらいいのかしら?
「宿題がもうひとつ増えました」
「ふふ、今日は色々と増えたね」
まさかそれ、体重の事では?
と思いかけて、ネガティブ思考に蓋をする。
いけないいけない、今は成長期の淑女なのだから、まだ体重は気にしなくて良いのだわ。
そして、隣のテーブルを見ると、相変わらず会話も無く、飲物を飲んでこちらを待っているかのようだった。
手紙を書かなくてはいけないし、そろそろ帰った方がいいだろう。
「宿に戻りましょう、お母様も心配ですし」
「ああ、そうだな。土産で元気になるといいな」
思いっきり嘘なのだが、傍から見れば可愛い兄妹の会話である。
「そういえば、神聖国からいらした騎士様は15人と伺ってましたけど、5人はどちらに?」
椅子から立ち上がりかけていたダークスが一瞬、動きを止める。
顔は無表情だ。
ユウトは少し驚いた顔をして、考えるように視線を彷徨わせた。
「それが我々にも分からないのです。それぞれ別の使命を帯びている事もありますし、何か別に任務があったのでは?という話になってます」
「私も何も訊いていません」
無表情のまま、追随するようにダークスも付け加えた。
「そうですか、気になっていましたの。足りないのであれば、公爵家か王家の騎士を増やした方が良いのかと」
「それには及びません」
無口だと思っていたダークスが今度は先んじてきっぱりと断言する。
まるで、これ以上増やされたくない、というようにも受け取れた。
「本来10人程度の人数での護衛となってますので」
じゃあ何で15人にしたんだ。
と突っ込みたかったが、そこまで引っ掻き回すのも良くないと思い、マリアローゼは笑顔を浮かべる。
「でしたら問題ありませんわね。杞憂でございました」
「さあ、帰ろうかローゼ」
「はい、お兄様」
シルヴァインに手を引かれて、マリアローゼは宿へと向かった。
不意打ちの問いかけにどう出るか?それが見たかったのだが、ユウトに怪しさは無かった。
もし演技だとしたら、何をやっても見抜ける自信は皆無だ。
だが、ダークスは怪しかった。
咄嗟の時に表情に出さないように訓練しているのだろうが、そこが逆に怪しい。
さらっと会話を流すのに協力した兄も、多分同じ考えだろう。
「あ、ユウトさま」
宿の入口で別れの挨拶をした後で、マリアローゼはユウトを呼び止めた。
はい、と振り向いたユウトが、マリアローゼの側に歩み寄る。
「先ほど、少年を助けて頂いたこと、お礼を申し上げます」
「いえ、結局私は何も解決できませんでしたし、お礼などは…」
「解決は根本から変わらないと難しいですもの。虐げられる弱い人々を庇うお心が大事なのですわ」
ユウトは目を見開いて驚いて、すぐ柔らかい笑顔になった。
「お嬢様の言葉、心に刻みます」
「ローゼ、手紙の前に休憩を取らないと」
会話の終了を見計らったように、シルヴァインが割り込んで、ひょいとマリアローゼを抱き上げる。
「失礼するよ」
ユウトに声をかけて、足早にその場を去り、マリアローゼを抱えたまま部屋へと戻っていく。
休憩と言われたからか、急に眠気を覚えたマリアローゼが、シルヴァインの腕の中で
ふわぁぁと大きな欠伸をした。
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