第86話 庶民の食事
「どこか店に入ろうか」
「それならお薦めのお店がありますわ」
シルヴァインの声掛けに、カレンドゥラが後ろから進み出た。
「一度広場に戻るのですけど、甘味も食べられると評判のお店ですから、お嬢様にも喜んでいただけるかと」
「行きたいです!」
すかさず、マリアローゼが反応するのを見て、シルヴァインはハハハッと笑った。
「じゃあそこに行きましょう。案内をお願いできますか?」
「お任せ下さい」
カレンドゥラの後に続いて、一向は広場に戻り、その広場に面した広めのレストランへと入っていく。
先導したカレンドゥラが店員と何か話して、奥まった席へと案内される。
初めての店での食事にマリアローゼはうきうきしていた。
店内は木製の机と椅子が並んでいて、この町の多くの屋根の色と同じ橙色を基調とした織物が、机の上に掛けられている。
「料理のご希望は何かございますか?」
「色々な物が食べてみたいです」
カレンドゥラはマリアローゼの返事に笑顔で答えた。
そしてテーブルに並んだのは、串焼きや腸詰といった肉料理と野菜の酢漬けや塩漬け、パンとサラダとスープが数種類だった。
甲斐甲斐しくルーナが取り分けてくれた分を、マリアローゼがもぐもぐと食べていく。
肉は香ばしいといえば聞こえがいいが、若干焦げて硬くなっている。
腸詰はスパイシーで子供の舌には辛い。
サラダは市場で新鮮なものを売っているからか、普通に美味しい。
酢漬けや塩漬けは、さっぱりしているが美味しいかと問われると首を傾げてしまう。
スープはそれぞれ煮込んであって、それなりに食べれる味だったのだが、
パンが固い。
すごく固いので、マリアローゼはスープに浸してから食べる事にした。
これが庶民の食事……!
不味くはないが、美味しいとは言い難い、そんな微妙な味だ。
現代にだってそういう店は無かったわけじゃない。
シルヴァインを見ると、マリアローゼと目があって、クスリと笑みを零す。
お兄様は歯が丈夫そうですし、問題なさそうですわ。
ジト目を向けてから、スープで柔らかくふやけたパンと、煮込まれた野菜をもぐもぐと食べる。
食べながら、一緒に来た騎士達を観察した。
フェレスとパーウェルは、マリアローゼやシルヴァインと同じテーブルでガツガツと食べている。
時折、シルヴァインを交えて世間話を和気藹々としていた。
隣のテーブルはカレンドゥラとユーグが並び、向かいにユウトとダークスが座っている。
こちらは静かである。
葬式ですか?と聞きたくなるくらいに、無言で食事を続けていた。
全員共、特に不味いという反応でもなく、普通に食事しているといった風情だ。
まさか不味い店に連れてきたのでは?というあらぬ誤解は消える。
それにしても、同じ宗教を信仰しているのに、何だか彼らには壁があるような気がしてならない。
じっと見ていたのに気付いて、ユウトがニコッと爽やかな笑顔を向けてきた。
マリアローゼも焦った気持を押しこめて笑顔を返す。
「そろそろ、デザートの取り寄せを頼んで参りますわ」
「取り寄せ…?」
「ええ、この店と契約しているお店から運んでもらうのですわ」
何と。
目をぱちくりとさせたマリアローゼに、シルヴァインが普通の店についての説明をしてくれた。
田舎の店やそれぞれの屋敷などでは料理人がそれぞれの技能で、作れる料理を作るというのが普通だが、
町で店を開くとなると、ギルドによる制限があって、作れる料理が専門化されている。
焼肉や煮込み料理はそれぞれ別の専門で、更に肉の種類でも販売店が個別になっているのだという。
焼肉の店では煮込み料理は作ってはいけないので、食べたければ専門の店から仕入れる。
逆もまた然り。
通常、色々な種類を食べたい場合は、食べる場所と飲物を提供する店に、契約した料理店から運ぶという、何とも面倒な手順があるのだという。
学園では食堂で一括で調理されているし、屋敷でも王城でも貴族の家では料理人が全て作っている。
原作小説に説明が無かったのは、街や庶民の生活の描写が無いという事だ。
ギルドとは互助的な組織だとばかり思っていたが、余計なしがらみやとんでもない規制もあるのか。
もちろん、それぞれの権利を守るのは大事なのだけど、何だかズレているし、合理的ではない。
ふむぅ、と言って考え込むマリアローゼを、シルヴァインは楽しそうに見詰めている。
「また、何か思いついたんだね」
「考え中ですの」
手っ取り早いのは、特化した技能を持つ者を一箇所に集めて、調理人として雇い、
総合的な料理の店として店舗を構える事である。
ただ、それをやってしまうと、大変な軋轢が生まれるだろう。
何か回避方法はないだろうか。
はっ!
マリアローゼは不意に顔を上げてシルヴァインをキッと見詰めた。
「宿題にすれば良いのでは」
丸投げである。
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