第63話 聖女の嫌疑…嫌疑?
「折角なのでお茶に致しましょう」
とマリアローゼが小さな手を叩いて、ケレスを振り向くと、老齢の家令は心得たように敬礼をして、背後を振り返る。
目線で合図を送ったのか、すぐにお茶が運ばれてきた。
ノクスとルーナは給仕する事はあっても、される事はないからか、居心地悪そうにもじもじしている。
「そういえば、出発は遅らせるという話を伺ってますが」
とアケルが口火を切った。
「はい。わたくし不勉強でございまして。神聖国や神聖教についての事はあまり詳しくありませんの。
ですので少しお勉強する時間を頂きたくて、お父様にお願いを致しました」
「ほう、それは殊勝な心がけです」
「ですが、本格的な勉強はルクスリア神聖国で行ってもいいのでは?」
と最もな事を口にしたのはユーグ。
神聖騎士の一人で、とても真面目そうな青年だ。
金髪碧眼で、髪はゆるやかな73。
「いいえ。私は神聖国には参りますけど、また帰ってまいりますので」
「えっ」
真面目な73が紅茶を零しそうになってしまった。
「わたくしは聖女じゃございませんので」
「「「えっ」」」
今度はマグノリア以外の神殿騎士が声を揃えて、驚き固まった。
マリアローゼの隣ではシルヴァインが可笑しそうに、笑いを堪えている。
アルベルトは済ました顔をしているが、口元がひくひくしていた。
兄とアルベルトは笑いのツボが似ているのだ。
「その件は王妃様に伺っているが、何故そう思われるのかお聞きしても宜しいか?」
真面目な顔で、真摯な眼差しでマグノリアが聞いて来るのにマリアローゼは頷き返した。
「一つ目は、わたくしの力が不確定な事ですわ。ノクスとルーナを助けたいと願い、二人は命を繋ぎ止めた。
始まりと終わりだけを見れば、確かに何らかの奇跡が起きたのでしょう。
でもそれがわたくしの力だとどなたが証明するのでしょうか?
ただ一度の奇跡の可能性もありますし、望んで奇跡を起こせる可能性はとても低いです」
マリアローゼの目を見詰めていたマグノリアが、ふむ、と頷く。
「二つ目は、聖女様が複数降臨される可能性がとても低いという事。既にルクスリア神聖国では、男爵令嬢が聖女ではないかと噂されていると聞き及びますし、更に聖女が他におられましたら、どうでしょうか?」
「いるのですか?」
「確信はもっておりますけれど、証明は出来ません」
この世界の「ヒロイン」枠に聖女はいるはずだ、という確信はある。
だけど、それが「誰か」は確定できない。
1巻に一人だけ出てきたヒロインは、マリアローゼになる前の「私」が唯一知っているヒロインだが、
今時分は平民だし、何処に住んでいるのかも明確には出てこなかった。
何処か田舎の町だか農村だか、である。
彼女は光属性の癒し手という、まさに正ヒロインだったし、聖女として遜色はないだろう。
でも小説の中で「聖女」と呼ばれていたわけではないし、小説内でもゲーム内でも聖女の扱いがあるかは
触れられていなかったので分からない。
予言と言い張るにしても根拠が足りなさ過ぎるし、予言などと言い出せば余計に聖女の疑いを深めてしまう。
「わたくしは、わたくしにかけられた聖女と言う嫌疑を晴らしに行くだけですの」
「嫌疑……」
ふんす!と力強く胸を張ると、神殿騎士達はとても微妙な顔をした。
自らが戴く宗教の上位に存在する役職を、まるで悪いものかのように扱われるのは微妙だろう。
気持ちは分かります。
でも、こちらにとっては、とても迷惑なのも分かっていただきたい。
「そもそもわたくし、この聖女の役割がまだよく分かりませんの。
何故、癒す力が有りながら、野に出て困っている人々を救わないのでしょう?
聖女の稀有な力は、身分の高い方達だけが独占して良いものなのでしょうか?」
「それは…」
微妙な顔をした神殿騎士達が、途端に困った顔をして言葉に詰まる。
面と向かってそんな疑問をぶつけてくる人間は、周囲にはいないのだろう。
そういうもの、と決まっているからという理由もあれば、
同職の人間でも信仰心と言う建前上、口に出しにくい繊細な問題なのだ。
「同感です」
マグノリアだけが即答した。
「ですが、これは物を知らない故の幼稚な疑問なのかもしれませんから、学ぶ時間を戴きたいのです。
何故そうなってしまったのか、わたくしは知りたいのです」
「神聖学を、教義を学んできたこの身にとっても、未だ答えの出ない疑問です。
ですので、学ぶ為の時間が欲しいとの事、了解致しました。
私は貴女を無事連れ帰る事、改めてお約束致します。
貴女が学んでいる間、私達も連携を深めて、無事旅を終えられるよう尽力いたします」
「ご理解いただき、ありがとうございます。
それでは早速図書室に参りたいと思いますので、ここで失礼致します」
「私もここで失礼致します」
シルヴァインもマリアローゼに続いて立ち上がり、二人で揃ってそれぞれお辞儀と敬礼をすると、
並んで図書館に向かった。
「私も失礼します」
アルベルトも立ち上がると、二人の後を追っていく。
「私達も仕事に戻ります」
ノクスとルーナも揃って敬礼すると、その場を辞した所でフェレスが全員に向けて声をかけた。
「んじゃ、練兵場に行きましょうか。ひとつお手合わせ願います」
ニカッと笑うフェレスに、騎士達が立ち上がった。
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