第60話 意地悪なお医者様

マリアローゼはマリクの言葉にほっと息をついて、改めて薬棚を見上げた。

そういえば、気になる事を思い出したのだ。


「あの、毒薬ってございます?」

「毒薬」


「出来たら、解毒薬とセットの」

「…また物騒な事を考えている訳じゃないですよね」


流石にマリクが剣呑な瞳で見てくるが、マリアローゼはふるふると首を振った。


「わたくしが使うわけではなくって、ロサに試してみたいのです。

死んでしまったら嫌なので、薄められるものが嬉しいですわ」

「まあ…他でやられるよりはいいか…わかりました。用意致しましょう」


半ばやけくそになったんじゃないか、という態度で、小皿と、

毒薬を薄め、その毒薬を入れたガラス瓶と、解毒薬が机の上に置かれた。

マリアローゼは胸元から、ピンクのスライムを取り出すと、皿の上にそっと置く。


「見たことのない色をしてますね」

「あ、はい、珍しい子なんです」


ウルラートゥスの助言どおり、「わたしが血を上げたら染まりました」なんてことは言わずに、受け入れやすい嘘をつく。


「ロサ…死なないでね…」


言いながら、皿の縁に薄めた毒液を垂らす。

だが、ロサはそれが毒だと分かるのか、近づこうとしない。


「毒だとわかるのかしら…賢い!」


既に親馬鹿目線である。

でも、いざというときの為に、死なない程度なら試して欲しい。

スライムは毒や酸に強い筈なのだ。


「すぐに、お薬を上げますから、少しだけ、ね?」


と促すように背後から手をあてると、言われた事が分かるかのように、じりじりと毒へと向かった。

すかさずマリアローゼは、解毒薬の瓶を用意して…

ロサが毒を取り込んだ瞬間に、ロサの身体に解毒薬を注いだ。


一緒に興味深げに見ていたマリクが、嬉しそうに言った。


「あ、元気ですね。原液もかけてみましょうか」


ノリノリである。

マリクが早速、薬棚から原液を持ってきた。


「え、え…あの、死んでは嫌なのですが…」

「一度耐性がつけば、大丈夫です」


生命を軽く見てはいないだろうか。


と疑問に思いつつも、マリクが瓶を傾けてもロサは避けようとはしなかった。

とぽとぽ

身体にかかった毒液を、ロサは取り込んだようだが、ぷるぷると元気に動いている。


「おお。大丈夫そうですね。次はどの毒を試しましょうか。

あまり毒の種類も在庫もないのですが」

「いえ、あの、ちょ、ちょっとマリク。今日はもう結構ですわ」

「そうですか?」


至極残念そうに、マリクは手に取っていた毒を薬棚に戻した。

物騒である。

こんな物騒なマッドサイエンティストだったとは。

医者だからサイエンティストではないか?

などと考えつつも、マリアローゼはロサをささっと胸元に押し込んで隠した。


「この子だって急に色んな毒に慣れるのは大変ですもの…」


護るかのように両手を胸元に当てて言うと、マリクはにっこりと微笑んだ。


「必要なら集めて置きますので、ご用命下さい」

「そ…その時がきたら、お伝え致しますわ」


椅子からぴょこんと降りて、マリアローゼは慌ててマリクの部屋を逃げるように後にした。

朝からあちこち走り回って、疲れ気味のマリアローゼではあったが、

贈り物をくれた兄達にお礼をして、従魔師の報告を受けた父の様子も窺いたいので、とてとてと食堂へと向かった。

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