第20話 ---王子の運命 ※ロランド視点2

ある日の事、何となく城がざわめいていた。

アルベルトの婚約者の第一候補である令嬢が、漸く城に訪れたと言う。

名だたる冷たい美貌の宰相が、溺愛している故に、再三王と王妃に請われても頑として登城させなかった愛娘をようやく連れてきたのだ。

母親も、王妃の妹で、やはり王国の薔薇と称されるもう一人の美しい人だった。

遠目からロランドも見たことはあるが、王妃である母と違う、優しそうな美しい女性で、思わず、彼女の子供に生まれたら、と詮無い事を思い浮かべたほどだった。


何より驚いたのは、その令嬢が兄と満足に言葉を交わさずに帰ってしまったという事だった。

とても美しい令嬢で、転んだ怪我で吃驚して泣いてしまい、帰ったと噂されている。

勿論、婚約の話も流れたのだろうが、宰相は普段通りの様子で、

いつもは無関心な兄の方が思いつめているような様子だった。

その日以降、花を贈り続けているという。


何れ城にまた来て、婚約でもするだろう、と思っていたが、その日は来ない代わりに、ロランドは公爵邸に兄と共に訪れる事になった。


初めて見たマリアローゼは、それは美しい少女だった。

流れるような銀色の髪は、毛先がくるん、と巻いていて、そこだけ蜜色に変化している。

瞳は宰相の氷の青と、美しい母の淡い紫を足したような色で、見ているだけで溜息が零れそうになる。


まっすぐに視線を向けられて、挨拶を受けて、

ロランドは直視できずに顔を逸らした。


花の説明をする兄のキースと共に、マリアローゼはとことこと庭を歩いて行く。

今まで見てきた同年代の令嬢は、兄を見るとうっとりとしたものだったが、そういった様子は全く無かった。

あどけなく可愛らしい微笑を振りまき、会話をしている相手の目をじっと見上げる。

誰に対しても同じように振る舞っていた。


「落ちこぼれが」

思わずそう言ってしまって、しまったとロランドは思った。

マリアローゼの兄であるノアークは、分水嶺となる7歳の誕生日を迎えても尚、魔法に目覚めていない。

この世界では「無能」と呼ばれる存在で、貴族ならば後継者となれない汚点となる。

だから見下されるのは当たり前で、言い訳でしかないが、口に出しても問題ない言葉の筈だった。

だが、マリアローゼに嫌われるのは、何故か怖くて、ロランドは何も言い出せなかった。

アルベルトも、何時もは無視しているのに、ロランドを見ている。

マリアローゼに謝罪するか、ロランドに怒るか決めかねているのだろう。


「わたくし、ノアークお兄様を愛しておりますの」


意外なことにマリアローゼが口にしたのは、非難でも罵倒でもなかった。

アルベルトもロランドもぽかん、と口を開けて語りだしたマリアローゼを見守る。

何でもない事の様に、兄の素晴らしさを、美しい唇であどけなく口にした。


彼女が求めているのは、優しさと思いやりで。

賢さでも強さでも、美しさでも才能でもない。

それらは全て自分が求められ、得られずに馬鹿にされていたものだったはずなのに。

マリアローゼは無くても良い、という。

そんな風に誰かに言われた事は無かったし、選ばれない完璧な筈の兄を見るのも初めてだった。

思わず込み上げてきた涙を押しこめるように、唇を噛む。


泣きたくない。

でも、何故泣きたくなるんだろう。


それは多分、マリアローゼの言葉が何より優しくて、自分に向けられたい言葉だったからだ。

ロランドは自覚して、必死で瞬きを繰り返した。


マリアローゼは最後に


「わたくしの大切なお兄様を、悪く仰らないで?」


決め付ける言葉ではなく、それはそうして欲しいという願いだ。

美しい微笑を見せながら、謗る言葉を放ったロランドに語りかける。

その言葉に逆らいようも無かった。


「わ、…かった」


やっとの事で絞り出した声は、何とかマリアローゼに届いたようで、

また、にっこりと微笑を返してくれた。


「分かって頂けて嬉しいです。ロランド様」


誰にも無視されてきた自分が、やっと誰かに見つけてもらえたような、そんな気分になり、気を抜くとすぐに涙が溢れそうだった。

マリアローゼは確かにロランドを見て、ロランドの名前を呼んでくれたのだ。


その後も、仲の良い兄妹の会話が続く。

ノアークを慰めるように、心配そうに見たり、

キースの申し出に困ったような顔で答えたり、

シルヴァインの要求につん、と怒ったような素振りを見せたり。

くるくると変わる表情はどれも、素晴らしく愛らしかった。


そんないつまでも見ていたいと思わせる少女は、兄の手によって運ばれていく。

まるで、渡さないと言われているような錯覚に陥った。

シルヴァインは、アルベルトと並び立つか上を行くと噂される天才なのを、今の今までロランドは忘れていた。

今はまだマリアローゼに触れる事すら許されない。

心ゆくまで見ていることすら叶わないのだ。

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