第21話 ---王子の努力 ※ロランド視点3
公爵邸でのお茶会が終った後、馬車の中では母と侍女頭の会話だけが場に流れていた。
アルベルトもロランドも押し黙り、王妃はそれを咎めるでもなく、馬車は王城へと辿り着く。
部屋に帰ったロランドは、落ち着きなく部屋を歩き回った。
マリアローゼにまた会いたいが、勿論簡単に会える相手でもなければ、呼びつけられる相手でもない。
少し前の自分だったら、王権を振り翳しただろうか?
だが、そんな事をしたら嫌われてしまうかもしれない、と思うと結局出来なかっただろう。
自問自答を繰り返しながら、結局ロランドは自分に残された手段は、手紙しかないという答えに辿り着いた。
自分の意志で、今まで手紙を書いたことはない。
図書室で手紙の書き方に関する本を手に入れ、早速書き始める。
時候の挨拶と、お茶会での振舞いにたいする謝罪、
マリアローゼの、兄へ対する思いに感銘を受けたこと。
何度も何度も書き直して、やっと書き上げた手紙を、侍従に託した。
「手紙は来るだろうか……」
思わず、授業の合間にぽろりと独り言が零れた。
あのアルベルトでさえ、花を贈り続けて手紙を何通か書いても、貰った手紙は1通しかないと侍従が調べてきたのだ。
何にも敵わない、何にもなれない自分になど、手紙がくるはずがない。
夢を見るな、と暗い自分が顔を出す。
来ないと思っていれば、落胆も少しで済む物だ。
今までもそうだったのだから。
だが、予想に反して、2日後に手紙が届けられた。
公爵家の封筒に、可愛らしい薔薇を模した赤い封蝋。
手紙はマリアローゼ本人からだった。
時候の挨拶に始まり、謝罪を受け入れる事、兄も父も母も素晴らしい事
家族を愛する温かい言葉が綴られていた。
中でも、目下の者の意見を素直に聞き入れたロランドは素晴らしい君主になれる素質をもっているという褒め言葉に、ロランドはドキリとした。
天に昇るほど嬉しくも有り、反面今までの城での振る舞いを見たら、もし知られたら、マリアローゼを落胆させてしまうだろうという確信が、まるで心臓を凍らせるかのようだった。
即刻改めなくてはならない。
嫌われるのは嫌だった。
あの可愛らしい微笑が、もう二度と向けてもらえないのだけは、絶対に嫌だった。
知られたくないのであれば、噂を打ち消せるような行いを、しなければならない。
「今まで済まなかった」
剣の授業に欠かさず訪れていたサイクスに、姿勢を正して厳しい視線を受け止めながら、ロランドは謝罪の言葉を口にした。
おや?というようにサイクスが表情を緩め、頷く。
「謝罪は結構ですが、何かございましたか?」
「……それは……」
聞き返された、ロランドは少し言い淀んだ。
そして意を決したかのように、口を引き結ぶ。
「守りたい人が、いるんだ。
自分の身よりも、何よりも、守ってあげたい人がいる」
「それは、とても大事な事です。殿下。私の訓練は厳しいが、必ず貴方を強くすると誓います」
「よろしく頼む」
今まで何故、汚れる事を嫌がり、痛みを恐れていたのか、ロランドはもう思い出せなかった。
自分がそうなるより恐ろしいのは、その危険にマリアローゼが晒されてしまう事の方だ。
最後まで守り通すには、自分が倒れてはいけない、とサイクスに教えられ、
自ら望んで地道な鍛錬も始める。
意外なほど、自分自身への評価も兄への評価も気にならなくなり、
兄の目を気にする事もなくなっていった。
そんなロランドの努力に、一番最初に打ち解け始めたのは騎士団の人間だった。
何事も要領よくこなす天才のアルベルトよりも、努力しているロランドに自分の姿を重ねたのかもしれない。
自分達の経験談や、修練方法などを伝授し、ロランドも素直にそれを受け入れた。
マリアローゼが帝国語を学び始めたと手紙に有り、ロランドも急いで学び始める。
彼女の言葉を理解出来ない自分を想像したら、胃が痛くなりそうだった。
「帝国語を覚えたら、他の国の言語も全て覚えよう……」
マリアローゼのお気に入りの本を知れば読破し、更に深い知識も身につける。
筋肉があれば、大抵の問題は片付くと言われれば、鍛錬に筋力を鍛える項目も付け加えた。
そして、母から打診されるお茶会は全て断りを入れる。
「まだまだ勉強の時間が足りないので」
と言われれば、母も無理に推し進めようとはせず、寧ろ嬉しそうに微笑んだ。
実際に最近のロランドの日課は朝早くから夜遅くまで、分刻みの忙しさで、何かに追われるかのように必死に学び続けた。
今まで習ってきた礼儀作法も、完璧を目指して修練する。
それは出来ればいい、問題なければ大丈夫、などではなく、
絶対に恥をかかせたくないという岩に齧り付く様な思いからだった。
忙しい日々を過ごしている中、ある噂が城内の女性達の間で囁かれていると言う。
「図書室の麗人」
時折現れる美青年に会いたいが故に、小間使い達も図書室へ行く回数が増えたのだそうだ。
特に興味は無かったが、読み終わった本を戻したついでに新しい本を借りようと図書室に行くと、ばったりと噂の人物に行きあってしまった。
耳障りにならない程度に声を潜めているものの、小間使い達は時々その麗人を盗み見ている。
特に気にする風もなく、その男は只管目録に目を通して、時々紙に何か書いていた。
そして、その隣に次期宰相とも噂される、フィロソフィ家の次男、キースも同じように何かを見比べては紙に書き込んでいる。
ロランドは流石に興味を引かれて、本を持ったまま二人の近くに行くと、気付いたキースが席を立とうとした。
邪魔をしては悪いので、ロランドは手で制した。
「いや、そのままでいい。何をしてるんだ?」
「殿下」
それでも短い言葉と会釈を返して、キースは淀みなく答えた。
「こちらの図書室にある本と、我が家の図書館にある本の目録を見比べております。
妹の我侭でして」
次期宰相と噂されるのは頭の良さだけでなく、見た目が現宰相であるジェラルドにそっくり瓜二つだからだ。
滅多な事では笑顔を見せない氷の公爵と呼ばれる美貌を、そっくりそのままキースは受け継いでいる。
マリアローゼの事を口にした時だけ、微妙に柔らかい表情になるのが羨ましかった。
「この者は我が家の図書館で司書をしている、ヴァローナと申します」
「先日、公爵邸の図書館でお会いしましたね」
立って礼を言う変わりに美しく微笑んで、麗人はすぐに手元に視線を落とした。
「今まで特に気にした事は無かったのですが、マリアローゼ様に請われまして。
あの方には驚かされる日々です」
何かを思い出させるのか、ヴァローナも口に微笑を浮かべた。
マリアローゼを日々見守れる男に、ロランドは少し嫉妬を覚える。
初めて会ったあの時は、ロランドの方がマリアローゼの近くに居たのだ。
「何か手伝える事は?」
と聞くと、キースとヴァローナが少し驚いたように顔を見合わせた。
「まだ打診してはいないのですが、禁書の目録も調べたく存じます。
が、本の閲覧は未だしも目録となると、外部の者が見るのは難しいのではないかと……宜しければ、殿下からもお口添え頂くと、大変助かります」
「分かった。では失礼する」
本を部屋に持ち帰り、侍従に命じて王と王妃への面会許可を取り付け、
図書室の一件を奏上する。
実際にはたかだか5歳の王子との話し合いではなく、王と宰相の間での交渉となる筈だ。
ただ、ヴァローナが問題点として挙げていた部分を、何とかしなくてはならない。
「僕が、目録の調査をすれば問題ないでしょうか?
公爵家に有り、王室図書館に足りない資料があれば、こちらの益にもなるかと存じます」
王と王妃は微笑を浮かべ、満足げに頷き返した。
「そなたはもう下がってよい。追って申し伝えよう」
「はい」
ロランドは会釈をして、部屋を後にする。
これで少しはマリアローゼの役に立てるかもしれない。
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