第19話 ---王子の確執 ※ロランド視点1
生まれたときから幸福を約束されていた筈だった。
豊かな国の王子として生まれて、裕福すぎる環境で何不自由なく育ち、
美しい父と母に恵まれ、美しい容姿も与えられた。
勿論、才覚も。
だが、ロランドは不満を募らせていた。
3歳になる前から家庭教師による教育が始まり、つい最近になって乗馬と剣の稽古も始まった。
乗馬はまだ分かるが、何故守られるはずの王族が剣を学ばねばならないのか。
ロランドは汚れるのも、痛いのも御免だった。
騎士達は、王族に対して忠誠を誓い、王族より身分は下だ。
物語の中の騎士ならば、例え小さい王子相手でも言う事を聞くはずなのに、
目の前の男は言う事を全く聞き入れない。
「僕はそんなこと、したくない」
剣を地面にぽいっと捨てる。
「なりません。最低限御自分の身を守れるようにならなくては」
第一騎士団長のサイクスは、隆々たる筋肉の持ち主で、上背もあり、目付きも鋭い。
騎士達にも恐れられる存在だ。
「僕達の身を守る為に、お前達がいるんだろう」
「何事も不測の事態というものが、ございますれば」
「それが起きないように、お前達が訓練をすればいいのだ。
僕にお前達の不備の穴埋めをさせるな」
サイクスは、ふう、と溜息を吐いた。
「剣をお持ちください、殿下」
「嫌だ」
言う事を聞かないサイクスに苛立ち、その場を走り去るまで、何度かその遣り取りを続けた。
次の日は、剣の稽古になると広い王城の、片隅に隠れた。
「全く、ロランド殿下には困ったものだな」
「兄のアルベルト殿下が優秀でいらっしゃるから、別に無理をしなくてもいいんじゃないか」
「教える方が大変だ」
隠れ場所の階段の下の小さな場所に、廷臣達の会話が聞こえてきた。
そんな事は、言われなくても分かっている。
兄は容姿も然る事ながら、勉学に長け、剣の腕も立つ、まさに完璧を絵に描いたような王子だ。
家庭教師は比較するような言葉を避けていたが、
どんなに頑張っても兄の様に賞賛される事はなかった。
それはそうだ。
兄の方がずっとずっと優秀だったのだから。
魔法の力は、兄と同じくらいに目覚めたのが、まだ救いだった。
ロランドは溜息を吐いて膝を抱えこむ。
兄が居なければ、優秀でなければ、こんな思いをする事はなかったのに。
そんな思いを知ってか、一部の廷臣は兄を貶めて、ロランドを持ち上げてきたりもしていた。
だが、あまりに力量差がありすぎると、それも難しい。
幾ら褒められようとも、それが上辺の事だと分かるからだ。
それに、幾ら兄の悪口を言おうとも、兄が通りかかればすぐにおべっかを使い始める。
兄のアルベルトは、そんな廷臣たちには興味を示さずに、適当に聞き流して去っていく。
同じようにロランドも、アルベルトの関心を引く存在ですらないのだ。
どんなに睨もうと、一瞬目線を寄越してすぐに逸らして忘れたかのように通り過ぎる。
まるで、足元の邪魔な石を見て、それを避けるように。
「お茶会ですか?」
「ええ、ペルグランデ伯爵の御息女が、貴方に会いたいそうよ」
王国の薔薇と称されるほどの美貌を持つ、華々しい美しさを湛える母に呼び出されて来てみれば、
令嬢とのお茶会だと言う。
この国では基本的には、10歳のデビュタント以降に婚約が許されるのだが、
その前にお互いに会ったり、又は親同士が約束を交わして決まる。
下級貴族ほど約定を急ぐ事が多く、上級貴族は割と自由な方だが、王族になると自由はまるで無い。
王妃教育もあるからだ。
そのせいで、まだ幼い年齢でも見合い話が舞い込んでくる。
「また、お下がりですか」
「そんな言い方はお止めなさい」
ロランドの溜息交じりの嫌味に、ぴしゃりと王妃である母が窘める。
実際に兄に断られた、というより兄が興味を示さなかった令嬢なのだ。
だが、授業を回避するいい口実にはなる。
乗り気ではないが、渋々とロランドはその申し出を受け入れた。
「イザベラと申します」
金色の巻き髪に、青色の瞳、典型的な貴族の娘だ。
高慢そうな美しさも、また典型的といえるだろう。
「よく来たな」
「お目にかかれてうれしゅうございます」
そつなくにっこりと微笑んで見せるが、ロランドは冷たく鼻で笑った。
「ご苦労な事だ。伯爵程度なら、第一王子に見初められなくれも第二王子で手を打つ、か」
質問ではない、ロランドの言葉に、それでもイザベラは微笑を崩さなかった。
「いいえ、わたくしはロランド殿下の方が素敵だと思います」
「ほう、何処が?」
何処が?と問われて、流石にイザベラは固まって、目を泳がせた。
継承権第一位の、完璧王子のアルベルトに勝っているのは何処だろうか?
ロランドの口から思わず笑いが零れた。
「大方父親にそう言えば、気分を良くするとでも言われたのだろうが。
答えを用意せずに来るとは、準備不足ではないか?」
面白いようにイザベラは顔色を失くし、かたかたと震えている。
「ああ、そうだ。今頃兄上は剣の修練をしておられる。
貴様の家で作らせたこの菓子を、兄上に差し入れると良い。
悪い話ではないだろう?
僕を篭絡は出来なかったが、兄と話をして来たと父上に伝えろ」
涙を目に浮かべたイザベラは、逃げるように菓子を手に持つと、一目散に部屋から出て行った。
ロランドも眺めの良いテラスへと移動する。
イザベラは、ロランドの提案どおりに、アルベルトの元へ行き、菓子の入った籠を渡している。
その頬は先程までと違い、上気している様子だった。
うっとりと、兄を見上げるが、兄はさして気にしたふうもない。
そして、視線を感じたのか、ロランドの方を見上げた。
今日はロランドの方が断ち切るように、その場を後にする。
「面倒な事だ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます