第17話 両手と正面に花
今を盛りと花々が咲き誇っている花園へ足を向ける。
元々咲き乱れていたものと、昨日庭師達が植え替えていたもの。
花の大まかな説明はキースが請け負ってくれた。
王都にある邸宅なのに、庭がかなり広いので、植えられている花々の品種も様々だ。
まだ勉強中なので、とてもマリアローゼでは説明しきれない。
暫く歩くと、花壇と花の茂みが途絶えて、正面に噴水が現れる。
それを囲むようにベンチが置かれていた。
「ここで一休み致しましょう」
ベンチに腰掛けると、両隣をキースとノアークがささっと陣取った。
鉄壁の防御だ。
それを見て、アルベルトがくすっと笑い、ロランドはフン、と鼻を鳴らして横を向く。
おお、反応も対照的だ。
そこへ、シルヴァインが走って戻ってきた。
手には食べ物が入った籠を持っている。
「ローゼはパイだったな」
と言って、中から掴んだパイの菓子をくれる。
そして、其々に何かしら手渡して、シルヴァインはマリアローゼの目の前に立ったままモグモグ食べ始めた。
王族に尻を向けて、家族を囲むとはいい度胸である。
「お兄様、お行儀が悪い」
と言うと、嬉しそうにハハハッと笑う。
「街では、食べながら歩く人もいるんだぞ。止まっているだけ俺の方が行儀いい」
「まあ!」
街に出かけてるの?
是非くわしくお聞きしたい。
と思っている心を汲み取ってくれたのか、アルベルトがマリアローゼの代わりにその質問をしてくれた。
「シルヴァインは町へ出かけるのか?」
「社会見学、というやつです。ご内密に」
お父様の許可を得ているのか、いないのかそこが問題なのだが、
それはまた後で突っ込んでみるしかなさそうだ。
マリアローゼも行きたいけれど、この前のことがあっては当分無理そうで、少し肩を落とした。
でもパイは美味しい。
さくさくの歯ざわりと、クリームの舌触り。
バターの旨みと、クリームの程よい甘み。
クリームが絶品のパイで、「私」が前世でも好きだったカスタードクリームに似ている。
「ローゼ、ついてるぞ」
シルヴァインの少年の割に武骨な手が、マリアローゼの口元についていた欠片をひょいっと掬い取る。
そしてそれをぺろりと食べた。
何してんの。
何してくれやがったの。
「君達兄妹は本当に仲が良いね」
くすくすと笑いながら食いついてきた鉄面皮王子は、お腹に何を抱えているかも分からないのだ。
刺激をするようなことは控えて欲しい。
マリアローゼは口に入ったものをこくん、と飲み込んで、何でもない事の様に言う。
「家族みんな、仲良しですのよ」
兄と妹だけじゃないぞ、と枠を広げる。
兄と妹のいけない妄想はやめろよ、という意味を込めて。
勿論だけど、小説の中にこんな展開はない。
最早人物紹介くらいしか、役に立っていないので、何の助けにもならない。
でも興味を引くような人物では今のところないと思う。
兄達の雑談を聞きながら、「私は空気」と心の中で繰り返しながらマリアローゼは気配を消している。
と、
「落ちこぼれが」
と吐き捨てるような声が聞こえた。
紛れもなくロランドの声だ。
あ、これイベントってやつですね。
だが、幼い頃に顔を合わせた事はないはずで、急遽顔を合わせる機会が訪れた為に
その予定も繰り上がったのかもしれない。
ノアークが魔法を未だ使えないと知って、暴言を吐く。
そしてヒロイン達が真正面から言い負かすやつ。
でもその出来事の後もロランドの性根は腐ったままだった。
女に言われるだけで悔しさが募って、ますます兄にも劣等感を抱き、
その想い人になるヒロインや悪役令嬢が標的になるやつ。
めんどくさいやつ。
スルーしたいが、まあはっきり言えば気持的にはボコりたい。
傍らで、どよん、と沈んだ顔をしているノアークを放置して見過ごす選択は
マリアローゼにはあり得なかった。
「わたくし、ノアークお兄様を愛してますの」
突然の言葉に、窘めようとしたアルベルトと、暴言を吐いた張本人ロランドが口をぽかんと開けている。
「魔法が使えなくても、ノアークお兄様はシルヴァインお兄様と同じくらい剣がお強いの。
でもわたくし、剣も魔法の才能がなくっても、良いんですのよ。
わたくしが辛い時には、ずっと側にいてくださるのです。
寡黙でいらっしゃるから、一人でいたいと思った時でも、ノアークお兄様なら側にいてほしい。
何も仰らなくても、優しい気持が伝わってきますの。
だから、わたくしの大切なお兄様を悪く仰らないで?」
これは命令でも押し付けでもなく、幼女の可憐なお願いだ。
にっこりと微笑む。
泣いたりはしない。
この手の輩は罪悪感から、涙に猛反発しやがる糞なのだ。
女は面倒くさい。泣けばいいと思っている。とか言い出す。
ぽかん、としたまま、ロランドは呆然としている。
「わ、かった……」
それだけ呆然としたまま口に出す。
よしきた!
笑顔は武器、というけど本当ね。
「分かって頂けて嬉しいです。ロランド様」
さらに笑顔をぶつけておく。笑顔は無料なので、使える時は使っておく。
と、沈んでいたノアークを見ると、顔を真っ赤にして、もくもくと湯気が出そうなほどだ。
目が合うと、両手で顔を覆ってしまった。
恥ずかしいよね、辱しめてごめんなさい。
自分がやられたら、確かにものすごく恥ずかしくてどこかの穴に埋まりたくなるだろう。
でも。
可愛いんですけど?お兄様が可愛いんですけど?御飯山盛り三杯はいけそう。
ところが、反対側にいたキースが暗い顔で言ってきた。
「僕も喋らないので、側に置いて欲しい……」
え?何を言い出してるの?
違うでしょ、ロランドへの牽制なのに、何で張り合ってるの。
「キースお兄様は、ローゼの知らない事を沢山知っていて、教えてくださるのがとっても素敵です。
お話沢山お聞きしたいので、喋ってくださいませ…」
キースはぱああ、と顔を輝かせて、クールイケメン枠からはみ出しそうになっている。
でも可愛い。
これぞ、両手に花、ですわ。
「俺も俺も」
目の前に立っていたシルヴァインも膝に手を置いて身を屈めると、目線を合わせてニコニコしてくる。
「シルヴァインお兄様は、何でも出来てかっこいいですけれど、少しは人の話を聞いてくださいませ」
マリアローゼはぷいっと顔を横に逸らした。
最後は何だか注意になってしまったが、本当に思っているので仕方ない。
唯一の欠点と言ってもいいだろう。
話を逸らすのがうまいと言うか、丸め込むのがうまいと言うか。
爽やかににこやかに逃げ道を塞いでくるタイプなのだ。
そして思った事を貫き通す強引さ。
「ローゼの話は聞いてるじゃないか」
そのままニコニコと返すので、溜息で返した。
「はい。ローゼはうれしゅうございます」
シルヴァインはふふっと楽しげに笑って、マリアローゼをひょいっと抱き上げた。
まだ11歳なのに、シルヴァインは普通の大人と変わらない位の身長と体格をしている。
「そろそろ戻ろうか。お姫様もお休みの時間だ」
そう言って、先陣を切って歩いていく。
花々と緑のアーチをぬけて、心地よい揺れに身を任せて、
お腹が満ちているマリアローゼはいつの間にか眠ってしまった。
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