第13話 手紙であって招待状ではない

公爵家の家紋が型押しされた便箋に、香水を吹きかける。

遠くから紙を潜らせて、微かに香る程度に含ませた。


時候の挨拶から始まり、今までの非礼のお詫びと、お礼。

次に、元気になったからもう花を贈ってくるなよ、という遠まわしの辞退。

流石に公費の無駄遣いについて触れられないので、

公爵家の庭には季節の花が咲いているから、それでいいんだよと付け足す。


出来は悪くないと思う。

ふんす、と胸を張って、傍らでチラチラとこちらを盗み見つつ刺繍をしていた母に手紙を渡した。

確認してもらわねばならない。

母は嬉しそうに受け取ると、手紙に目を滑らせた。


「まあ、よく書けているわ」


笑顔を向けられて、マリアローゼはいい気になっていた。

とてつもなく大きな落とし穴を掘ったことを気づかずに。


母よ、何故この時に注意してくださらなかったのですか……。




「えっ?それは…何故でしょうか……」


マリアローゼの口から絶望的な、弱弱しい声が洩れる。

父も苦虫を噛み潰して更に味わっているような苦い苦い顔をしていた。

手紙を城へ届けた、その日の晩餐の後である。


「君の回復を自分の目で確かめて、お誘いにも応えたいそうだ」


それは王子の電撃訪問のお知らせだった。

王妃も一緒に来るらしい。

ついでに第二王子もいらっしゃるとか。


「お誘い……とは?」


誘ったつもりなど毛頭ない。

悲壮感に打ちひしがれて、父の顔を見ると、目を逸らされた。

父の視線の先を追うと、ニコニコした母がいる。


「わたくしも偶にはお姉様とお話がしたかったもので。

大丈夫ですよ、婚約というお話にはなりませんから」


意外な方向でお墨付きを頂いたが、解せぬ。


母が手紙の内容を精査した上で、"お誘いの言葉"を無視して出した理由を口にした。

父が逆らえない婚約はしないという確約を付けて。

難しい顔をしているマリアローゼの頭に父が優しく手を置いた。


「公爵家に咲く季節の花、に触れた文面では、庭を見に来いと取られても仕方が無い」

「穿った見方をするなら、季節の花だけじゃなくて」

「マリアローゼという花を見に来てっていう風に取られるかも?」

双子の兄が、父の言葉に続けて茶化す。

にこにこと無邪気な笑顔を見せながら。


ハァァァ!?

凡ミスもいいところだ。

社交辞令など書いてる場合じゃなかった。

自分の迂闊さを呪いたい。


「お兄様達、王子様に悪戯する機会では?」


ジト目になりつつ、双子を見ると、ピコーン!と閃いたみたいな顔をするが

父が2人の頭を掴んだ。


「当日は大人しくさせておこう」


しまったまた墓穴を掘ってしまった。

父の前で言うのではなかった。


「折角元気になれましたのに…また病気になってしまいそう…」


病弱ムーブをしてみると、父はうっと言葉に詰まったが、

母が横から助け船を出す。


「本当に大丈夫よ。お姉様もローゼが可愛くて仕方ないのだもの。

婚約を持ち出したらお城に二度と連れて行きませんと言ったら、退いてくれたわ」


何その話、聞いてない。

いつの間にそんな話をしたんだろう。


マリアローゼは動きを止めて、ほんわりと微笑む母を見た。


「分かりました、お母様」


手回しの良い母親に恵まれて良かった。

良かった?のだ。

それに、城ではなく我が家でのんびりと姉妹で話が出来るのは嬉しいに違いない。

ちょっぴりはしゃいでいる母を見るのは、マリアローゼも嬉しい。


シルヴァインが笑顔で付け足す。


「いざとなったら俺が追い払ってあげるよ、ローゼ」


頼もしい。

ちょっと感激して、「お兄様…」と言うと、キースとノアークも続けた。


「害虫駆除なら任せてください」

「……倒す」


段々物騒な話になってきたぞ?

国家転覆を狙っているわけじゃないです。


「それは…お気持だけ頂いておきます。ありがとう、お兄様達」

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