第10話 小さな姉弟

そわそわ。

胸の中がざわめく様な不快感。

焦り、に近いその気持ち。

肌が粟立つような感覚。

誰かに呼ばれているような…


思うままフラフラと扉に吸い寄せられていく。


「ローゼ?」


父の呼びかけに振り返ると、護衛騎士が2人扉の前に立ち塞がった。


外に行きたい。


ローゼは正面に立ち塞がった2人を見上げて、懇願した。


「ついてきてくださる?」


逃げるわけではない事を理解した二人が、確認するように私の背後の主人の命令を待つ。

父が、了承した。


「私も行こう」


有り難かった。

理由も聞かずに、駄目だと言われるだろうと思ったから。

大通りを横切り、向かいの路地に入る。

いつの間にか小走りになっていた。

遠くに人影が見えて、その人影はこちらに気づくと慌てたように散っていく。

そこには。


二つの小さな身体が横たわっていた。

片方が庇うように片方を抱きしめているが、2人とも怪我をしている。

少し先に行けば貧民街となる地域で、その2人もみすぼらしい格好をしていた。


「お父様、助けてください」


ドレスが汚れるのも構わず跪くマリアローゼに、ジェラルドは首を横に振った。


「何故ここが分かったのか分からないが。ここでは日常茶飯事の事だ。キリがない」


「でも」


それはそうだ。

父の言うとおり。

王都とはいえ、場所によっては路地に入るだけ危険が増す。

薄汚れた髪も眼も暗い色で、それでもしっかりとお互いを守ろうとしているようだ。

2人の眼には諦観しかなく、暗く暗く泥のように濁っている。

繋いだ手に、自分の手を添えると、微かな体温が伝わってきた。


「もう助からないだろう。治癒師を呼びにいかせても時間がかかる」


父の声は近いのに、遠く隔絶されたかのような感覚に陥る。


もし、呼ばれていたのなら。

私の力が必要とされて、私がこの子達を必要なのだとしたら。


どうして、そんな風に思うのかは分からないけど、助けたかった。


「神様…」


マリクの与えたように、分け与える事は出来ないだろうか。


「わたくしの命を分け与えてもいいですから」


次の瞬間、何かが迸る様に身体の中から溢れてきた。

それは手を通して、2人に注がれていくような感覚。


「どうか、生きて…」


自分の言葉なのに、遠くから聞こえてくるような、そんな感じがした。

そして視界が暗転する。


私何度気を失うの。

病弱設定がつくやつじゃないんですか?

気絶じゃなくて、死ぬやつかもしれない。

お父様、お母様ごめんなさい。



誰かが泣く声がする。

妹?

死んだ姉を見つけるのは本当にショックだし、悲しいよね。

ごめんね。

何もしてあげられなかったけど、貯金は使っていいからね。

元気で生きるんだよ。


男の人の呼ぶ声もする。

あれ?じゃあお父様?お母様?


目を開けると、青い顔をした父母と、兄達に囲まれていた。

「ローゼェェ」

と枕元で絶叫されて、うるさいとごめんなさいで心の中が滅茶苦茶になる。

何があったのか暫し分からず、そうして最後の記憶に思い当たった。


「あの子達は…」


「治癒師の部屋にいるよ!助かったから、何も心配するな」

「それよりも貴女が心配よ!もう…もうお外には出しません~~!!」


マリアローゼは三日間、寝込んでいた。

父も母も兄達も交代で詰め掛けてきていて、

たまたま全員揃った瞬間に目覚めたと言う神タイミングだった。

眠っているだけ、魔力枯渇、という事は分かっていたらしいのだが、

続けざまの眠り姫では、過保護な親の心臓ももたないというものだ。

母の叫びにも、反論できる気がしない。

本屋も外も楽しかったけど、仕方が無い。

我侭を通した上に、倒れたのだから、暫く大人しくしていよう。

その後、三日も食べていなかったマリアローゼはスープくらいしか食べられず、

大人しくされるがままに世話をされて、最終的には父と母のベッドで、2人に抱きしめられて眠るのだった。

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