第9話 ---王子の初恋

王子として生まれて、何不自由なく暮らしていた。

大輪の薔薇のような美しい母親と、太陽のように眩しく威厳のある父。

そして、将来王となる自分。


嫉妬してくる残念な弟はいたが、特に関心はなかった。


上位貴族の子女がデビュタントを終えると、一度だけ王城に招待されるという仕来りがある。

招待を受けるのも自由、受けない事も可能だ。

結婚を見据えた王子との出会いの場ということで、大抵は招かれるのだが。

美しい花も毎日見ていれば見慣れてしまう。

中には礼儀作法も怪しい、押しの強い女性もいる。

姉ぶりたい年頃なのか、弟に接するような態度の少女も多い。

かと思えば、親の言いなりできたものの、無関心という少女もいる。


マリアローゼはデビュタント前だった。

従妹という事もあり、一度顔合わせをしようという流れで会う事になったのだ。

ただ、血筋的にも家柄としても、婚約者として第一候補なのだと知らされてはいた。


面倒臭いな


というのが一番初めの感想だ。

年相応に我侭な娘だという話も聞こえてきている。

実際に会ってみないと分からないが、まだ幼い分それも仕方がないだろう。

それに、年下に会うのも初めてだ。

今までは年上ばかりだったのだから、物珍しいといえばそう言えなくもない。


庭園で待っていると、時々挨拶を交わす、長身の宰相が現れた。

結婚しているにも関わらず、城にいる小間使いの噂話に挙がらない日はないという美青年だ。

そして、彼の足元に小さい影があり、

目が合うと、嬉しそうな笑顔を浮かべてこちらに走ってきた。

揺れる銀色の髪が、光を反射してふわふわと揺れる。

毛先はくるん、と巻いており蜜色をしているのも不思議な美しさだ。

銀糸に縁取られた目も大きく、宝石の様に輝く瞳は美しい色をしていた。

そして、勢いよく走ってきて…


べしっと転んだ。


目の前で転ばれて、意識が追付かない。

暫く動きを止めていた少女が、ゆっくりもぞもぞと動き出す。

咄嗟に手を伸ばしたが、届きもしなかった。

彼女の背後から慌てて走りよった宰相が、後ろから抱き起こす。


大泣きするだろう、と思った。

だが、立ち上がった少女は、まじまじと大きな目でこちらを見て、淑女の礼をする。


「おめよごし致しました」


夢中で走ってきたから、礼儀などないのかと思っていたのに否定された。

彼女の目に涙は浮かんでいたが、泣き出してはいない。

予想外の反応に、言葉も中々出てこない。


「大丈夫?」


とそれだけしか口に出来なかった。

いつもならもっと、気の利いたことが言えてた気もするのだが。


「怪我をしましたので、さがらせて頂きます。御前失礼いたします」


まるで興味が失せたかのように、くるりと振り返り、宰相に小さな手をのばす。


「おとうしゃま…」


涙に震える声で、全身で甘えるように宰相の腕の中に納まった。

自分に対しては壁を築いたのに、宰相に対しては無防備なのが、

何故か歯がゆく感じてしまった。

家族なのだから当たり前なのに。

初対面なのだから当然なのに。


辞去する宰相に連れて行かれる。

肩越しにこちらを見る瞳は、やはり美しくて。

紫とも青ともつかない、曖昧な美しい色は飽きそうにない、と思わせる。


怪我が治ったらすぐに戻ってくると思い、そのままそこで待ち続けたが、

結局彼女も宰相も戻ってこなかった。


「気分が優れない」

というのは立ち去る為の一般的な理由だ。

怪我さえ治れば、普通の相手であれば戻ってきただろうに。

ほんの一瞬会っただけで去られてしまって、彼女の事は結局何も分からず仕舞いだ。

大事な相手でもあるし、と思い、翌日には花と見舞いの手紙を贈る。


だが、返事はなかった。


本当に気分が悪くなってしまったのだろうか?と考えて、

次の日も同じ物を贈った。


返事は宰相からだった。

寝込んでしまったという事だ。

返事は簡素で余計な情報は何もない。


実は病弱なのだろうか?だとしたら王妃は務まらない。

母上に聞いてみるか。


公務も晩餐も終えた後で、先触れを出し許可を得てから王妃の私室へと向かう。


「母上、お聞きしたい事があるのですが」

「あら?何かしら」


含み笑いを見ると、用件は分かっていそうだが、敢えて言葉にする。


「マリアローゼ嬢は病弱なのでしょうか?」


「健康には問題ないと思うけれど、怪我をして吃驚してしまったのかしらね?」


その答えにちょっとだけほっとする。


「では婚約者候補ということは変わらないのですね」

「それはどうかしら。わたくしと王の考えではそうだったけれど、

フィロソフィ公爵家からの打診はないわ。

まだ先は長いのだし、今急いで決める事ではありませんわね」


ふう、と溜息をつきながら言う穏やかな笑みを浮かべた母に、こちらも溜息で返す。


「そうですか、わかりました」


自分が相手に気に入られない、という立場は初めてだった。

直に手紙が貰えないというのも、

親とはいえ、代筆の手紙など貰った事はない。


「そうか。こんな気分なのだな」


今まで縁を繋がなかった少女達は、こんな風に寂しい気分になったのか、と思う。

そしてもうひとつ溜息が零れた。


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