第8話 お嫁にはいかないけど本屋には行く

それから平穏に2日が過ぎ、約束の町に出かける日になった。

あの後、ついに魔法を試す機会はマリアローゼに訪れなかったが、兄達の魔法の訓練を見学したり、

一緒にダンスのお誘いの受け方や、ダンスをしたり、楽しい日々を送っていた。

毎日毎日、王宮から花も届いていたが、父からは何も言われないし、

エイラからも追加情報がこないので、そのまま花だけを愛でて放置にしている。

条件通りに課題をこなしたキースとノアークが外行きの服で、玄関脇の控えスペースに集っている。

マリアローゼもそこへと美しく着飾ったミルリーリウムと向かった。

母は今日も忙しく、何処かのお茶会へ出かけなくてはいけないが、途中まで一緒に向かうらしい。


「お父様のいう事をちゃんと聞いて、無事に帰ってくるのですよ」


優しげな声でしっかりと釘をさす。

2人の兄は「はい」ときちんと返事を返して、マリアローゼも遅れて「はい、お母様」と言った。


「………あら?」


マリアローゼの言葉にちょっと怪訝で、悲しそうな表情を見せるミルリーリウム。

首を傾げると、理由を口にした。


「おかあしゃま、じゃないのですね……?」


「正しい言葉をお話しするようにとイオニア先生に言われました。

 それにわたくし、もう、レディですので」


ふんす、と鼻息も荒くドヤ顔を見せると、母は痛いくらいにマリアローゼを抱きしめた。


「女の子は成長が早いと言うけれど、だめですよ、まだ何処へもお嫁にいかせません」


豊かな胸にぎゅうぎゅうと押し付けられ、窒息しそうになりながら、母の背を小さな手でペチペチ叩く。

これはもし男なら幸せ死するんじゃなかろうか。


「行きません。わたくしはお父様とお母様の側に一生います。お嫁になんかいきません」

「まああ!」


パッと放すと、嬉しそうに母が太陽顔負けの輝くばかりの笑顔で言う。


「嬉しいわローゼ!お母様とずっと一緒にいましょうね」

「はい」


こっくりと頷くのを確認して、今度は柔らかく抱き寄せられて、頭に口づけを落とされる。

小説の中ではお転婆な娘に対して、もっと注意やお小言が多いイメージだったけど、

実際のミルリーリウムはどちらかというと甘えん坊な少女のイメージに近い。

母の細い腰を撫でると、頭に母が頬ずりしてくる。

兄達はと言えば、二人とも言葉では参戦してこなかったが、嫁に行かない選択肢には賛成のようで

二人そろってふんふんと頷いていたのが視界の端に見えていた。


その分貴方達は結婚に追われる事になりますよ。

もしかしたらヒロインに追われるかもしれない。

定番の優しい可愛いヒロインならいいけれど、

ザマァ対象になるような、悪逆or腹黒or自分勝手なヒロインだったらどうしよう。

守って上げられればいいけれど。

ある程度鍛えないと難しいかもしれない。

そうか。

兄達の教育もしないといけないのか。

むむむ。


と困った所で、扉が開かれた。

白髪をピシリと後ろに流した、老齢の執事、ケレスが頭を下げている。


「馬車がご用意出来ました。お越し下さい」


「ありがとう」


歌うように言って、母はマリアローゼの手を取り立ち上がる。

馬車の乗り口まで歩くと、ランバートの手を借りて馬車に乗り込み、

次にランバートに抱き上げられたマリアローゼを馬車の中で受け取って、母は隣に座らせた。

正面には兄2人が乗り込む。

2人とも濃紺の仕立ての良い服を着ている。

ランバートは外からも馬車の扉の鍵をかけて、御者台の方へと向かった。


マリアローゼの記憶が確かならば。

この門の外に出るのは、王城に行った時くらいしか無い。

お茶会などは主催でもない限り、大体が7歳以上からの出席となる。

デビュタントが10歳なので、その時に備えて7歳頃から少しずつ参加を増やしていくのだ。

その時がくれば、外出も増えるかもしれないが、町へ行く事は殆ど許されないだろう。

少なくとも王都では、そこまでの自由は許されていない。

学生にもなる頃には、もう少し保護も緩くなるかもしれないけれど。

流れる町並みをマリアローゼは食い入るように眺める。

昔から、こういう車窓を見るのは好きだった。

犬になってドライブに連れて行ってもらえたら幸せなんじゃないだろうか、と夢想するほどだ。

石畳と、石を使った家屋が立ち並ぶ町並み。

王城へ向かう大通りを暫く行った所で、馬車が停まった。


「降りますよ、ローゼ」


慣れた様にキースが手を差し伸べる。


「はい、お兄様」


実際何度か来た事があるのだろう。

手を差し出すと、馬車の扉まで支えてくれ、外で控えているランバートが抱き上げてくれる。

キースとノアークが降りると、ランバートが片手で器用に鍵をかける。

窓からは母が手を振っていた。

それに手を振り返して、馬車が動き出してから、目の前の本屋に向かう。

大きな建物だ。

石造りのどっしりとした構えと、大きな硝子の窓。

窓の前には格子状の鉄の囲いがあり、売り出し中の新しい本が陳列されている。


「よくいらっしゃいました」


と店主が出迎える。

ふっくらとした体躯に、小さな口ひげと人の良い笑顔。


「公爵様は奥の部屋でお待ちです」


ランバートはそちらへ歩き出そうとするが、マリアローゼは引き止めた。


「下ろしてください、ランバート」


小さな足をパタパタと動かすと、ランバートは少し間を置いて、マリアローゼを絨毯の上に下ろした。


「旦那様をお連れしますので、お店から出ませんよう」


片膝を付いて、マリアローゼのケープを直しながら静かに言う。

ランバートは黒髪黒目の珍しい顔立ちで、涼しげな眼をしている。

勿論顔面偏差値は高い。

好みの顔立ちなので、少しどぎまぎしながら目を逸らす。


「本を選びにきたのだから、お店からは出ません」


と言い訳して、目をつけた絵本の棚へと歩き出す。

ランバートはくすりと笑みを浮かべて、立ち上がると颯爽と店の奥へと歩き去った。

奥へ向かいかけていたキースとノアークも、足を止めて戻ってくる。


「僕達も本を選びましょうか」

「……選ぶ」


2人が言いながら、それぞれ興味のある本が納まっている本棚へと向かう。

マリアローゼはまず、子供らしさ溢れる絵本を手にとった。

内容は何でも良い。

綺麗な絵が施された絵本を三冊ほど選ぶ。

子供らしさを演出する為だけではない。

ただ眺めるだけで綺麗なもの、というのは心を穏やかにする。

それから、魔法に関する本、昨日読みたいと思っていた最新の冒険譚。

古い本なら公爵家の書庫にあるかもしれない。

最新の本を中心に、料理の本も手に取る。

魔獣の生態図鑑も面白そうだ。


「面白そうな本だねえ」


と上から声が降ってくる。

父が優しく目を細めて笑っていた。


「はい」


マリアローゼも笑顔で返すと、脇に控えていたランバートが

マリアローゼの抱えていた本を全て受け取って、店主へ手渡す。

身軽になったマリアローゼは、更にお宝を発掘するべく、最新の図書をよーく見まわした。

世界の不思議な植物 改訂版。

宝石と宝飾。

紅茶の大百科。

各国のデザート図鑑。

さささっと目に付いたものを父に差し出すと、父はじっとそれらに目を落とす。


「最新か…どの程度違いがあるんだろうね?」


ランバートの横に控えている店主が、一歩前に出る。

そしてそれぞれの説明をして、父がふむふむと頷く。

紅茶の大百科は、家にある物で十分だということで、戸棚に戻され、

他の物は買っても良い事になり、ローゼは一応満足してニッコリした。

兄達も見繕った本を父の裁定でより分けられて…

というより兄達は興味のある本をきちんと読み込んでいたので、そのまま許可されていた。

この辺は歳の差なので仕方ない。

来年や再来年ならマリアローゼも却下される事はない、かもしれない。

もっといっぱい選びたいところだが、本の価値と父の懐具合が良く分からないので、

どうしようかな…とまた本棚に目を向けた所で、マリアローゼは何だか胸がそわそわするのを感じた。

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