第7話 魔法…じゃないはず
結果を言うと、マリアローゼは倒れた。
ぞわぞわの不快感と、奇妙な感覚の後、段々意識が薄れていったのだった。
眠気は感じなかったので、気絶したのかもしれない。
元々椅子に凭れかかっていたのでバターンといったわけではないのが幸いした。
リラックスし過ぎて寝ただけにしか見えなかったかもしれない。
事前に話しておいた通り、マリクは疲労からの睡眠、と言い訳をしてくれていたので、
昨日のような騒ぎにはならず、部屋のベッドで眠らされていた。
ふと花の香りを感じて、起き上がってみれば、エイラが今正に花瓶に花を挿しているところだった。
「お花…」
と呟くと、エイラは手を止めて一礼した。
「はい。今日も王子からお花が届きました」
今日も?
も?って何?
とマリアローゼが目線で訴えかけると、エイラが頷く。
「昨日のお花は、旦那様がお持ちになりました」
何処へ持って行ったのだろう?
首を傾げると、続けてエイラが言う。
「添えられたお手紙も、旦那様が保管されています」
「そう」
厄介ごとを片付けてくれるなら有り難い。
マリアローゼから父にいう事は何も無い。
寧ろお礼を言うべきか?
いい香りのお花は好きだけれど。
「もうすぐ晩餐のお時間ですが、どうなさいますか?」
「行きます」
起き上がって、ベッドの淵に足を垂らすと、エイラは綺麗な装飾の銀のベルを振った。
控えめな金属音がすると、小間使い達が部屋に入ってきて、
晩餐用のドレスを着付けていく。
部屋着でいいのに…という訳にもいかない。
控えめに飾られて、マリアローゼは食堂へと向かった。
次の日は、昨日と同じ…ではなく。
礼儀作法が終わり、ダンスの授業を済ませると、午後はお休みとなっていた。
最近疲れているようだから、と家令の調整が入ったらしい、というのはエイラからの情報だ。
家令は年長の執事、老齢のケレスが勤めている。
先々代の公爵の時からいて、父が子供の頃から世話をしている我が家の重鎮だ。
彼に逆らえるものはこの屋敷にはいない。
双子でさえ彼には遠慮して、悪戯を仕掛けない。
ケレスは使用人全員を纏め上げ、子供達の管理まで公爵家の事は全て任されている。
折角なので、お昼寝と昼食の後で庭を冒険する事にした。
綺麗に整えられた庭園と、美しい噴水。
四季に合わせて咲く花の茂みが、整然と並んでいる。
庭師は平民を雇っている為、日が昇ると共に庭の手入れをして、
家人が起きるころには庭から退去して、庭に植える植物を温室や別の場所にある畑や温室で世話をしている。
基本的に、家人の目に触れるような時間帯には庭にいない。
その他の時間は、従僕が庭を見回り、落ち葉や花等を回収しているらしい。
などとエイラから聞く話は、生活に根付いていてとても勉強になる。
「大きな木…」
窓から見る事はあったが、側まで寄ったのは初めてかもしれない。
両手を伸ばしても余りある太い幹に、がっしりとした枝振りで、大きな木陰を作り出している。
見上げれば、枝先では木漏れ日もあるが、中央は葉が茂っていて暗い。
「先々代の公爵様が植えられたそうでございますよ」
とこれまたエイラが解説してくれる。
「ひいお爺様の木ね」
ぽすん、と根元に腰掛けると、エイラは腕にかけていた布を地面に広げてくれた。
「こちらでお休みなされませ」
「ありがとう」
地面に敷かれた布は、思ったより厚みがあって、寝転んでも背中は痛くなかった。
木の側はとても気持が良い。
降り注ぐ太陽の熱を、適度に遮断してくれて涼しい。
風が吹くたびに、さやさやとそよぐ葉の音も落ち着かせてくれる。
暫くまどろんでいると、段々と眠くなってきた。
うとうとしながら、昨日のマリクがくれた感覚を思い出し、枝へと手をのばす。
気は丹田からって言うけど、魔法も同じかしら?
火はだめね、危ないもの。
水は危なくないけど、濡れてしまうし、土は身体の下だわ。
じゃあ、風かしら?
とマリアローゼが思った瞬間、突風が吹き荒れる。
「えっ…」
まどろんでいた意識が、急に身体に戻されたような感覚でびっくりしてマリアローゼは起き上がった。
偶然よね。
偶然、すごい風がふいただけ。
まんまるの目をして驚くエイラに、マリアローゼは困ったように微笑みかける。
「すごい風でしたし、お家に戻りましょう?」
風は大丈夫じゃない。
枝が折れなかったのが幸いしただけだった。
かなりしなっていたけど、何とか持ちこたえたのだ。
でも私のせいじゃない、多分。
エイラは何も言わずに、布織物を回収してマリアローゼの前を歩いていくが、
多分確信してはいないだろう。
だって、私の魔法ではないから。
突風だから、あれ。
口にしたいけれども、言い訳じみているので無言を貫き通して部屋に入る。
そしてまた、魔法の本に目を通す。
何か言いたそうな雰囲気があるが、エイラは何も言わない。
そして、マリアローゼも何も言えない。
何か詠唱した訳でもないし…いや、詠唱して不発だったら痛々しい事この上無いんだが。
目も当てられなくて、多分暫く布団から出るのも嫌になる。
次にもし試す時がきたなら、危険でなく、かつ、効果が偶然とはいえないものにしよう、と心に誓う。
そんなものがあるのか分からないけれど、目の前の本には何かしらヒントがあるはずだ。
マリアローゼはまた心新たに本に向き直った。
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