第4話 そうだ!本を読もう

次に目覚めると、日が傾いていた。


「ふぁう…」


大きく息を吐くと、ベッドの隣からマリアローゼ付きの侍女、エイラの顔が覗く。

相変わらず無表情のまま。

目つきは鋭いが、とても美人だし気もつく、元は母の侍女だった優秀な女性だ。


「お嬢様、何か食べ物をお持ち致しましょうか?」


と問いかけられて、マリアローゼは自分の空腹に気づいて、小さなお腹を撫でる。


「お願いしますわ」

「かしこまりました」


何かを量るようにスッと目を細めたが、必要以上の言葉はなく、エイラは静かに立ち上がった。


さて。

改めて考えよう。


私、マリアローゼは幼女だ。

美幼女なのは良いとして、まず何が出来るか。

確か小説の中では、魔力の素養は絶望的とだけ表記があった。

属性どころの話じゃない。

これは才能の問題もあるから、自力ではどうしようもない問題だ。

けれど。

能力の発露がまだだ、というだけという可能性もある。

前世ではファンタジーが好きだった。

オンラインMMOやTRPGなどゲームは色々とやっていたのだ。

そして必ずといっていいほど、ヒーラーの能力を使っていた。

一番良いのは神官戦士。

殴って、戦える。

いや違う。

癒して、戦える。

どちらも中途半端で尖りはしないけれど、安定して前線で戦えるし、ソロもいける。

そう。

私はぼっちが苦じゃない。

寂しがり屋なのに、一人も大好きなのだ。

寧ろ、パーティーを組んで、予定を合わせて、時間を拘束される方が疲れてしまう。

気の合う仲間がいれば、ペアでもパーティーでもいいんだけど……。


と、脱線しかかったところで、エイラが戻ってきた。

コンコンコンコン、と規則正しい模範のようなノックの音がする。


「どうぞ」


入室を許可すると、エイラが銀のワゴンを押して入ってきた。

朝とは違い、お茶以外にもきちんとした食べ物が載せられている。

パンにスープ、サラダに肉料理。

とても良い香りがして、反射的にくるると腹の虫が鳴き声を上げる。


「う…」


これはマナー違反なのだろうか?でもどうやって止めたらいいの?

と思っていたが、目の前のエイラは何も言わずに傍らの小さい丸テーブルに料理を並べていく。

テーブルセッティングが終るのを見計らって、椅子へと移動すると、さっと椅子を引かれた。


「ありがとう」


礼を言うと、表情は見えないが、やはり何だかぎこちない雰囲気はした。

気にしても仕方ないし、これからのマリアローゼはこうなので慣れてもらうしかない。


パンはふっくらと柔らかく、甘味があり芳しい小麦の味もする。

スープは野菜がふんだんに使われているが、煮込まれているのでほろほろと口の中でとろけた。

中にはベーコンのような薄くカットされた燻製肉も入っている。

肉料理は、既に食べやすいように切り分けられている獣肉で、ソースも美味しい。

サラダに使われている野菜も新鮮だ。

この世界の料理は美味で良かった。

そもそも衣料や建築が発達しているのに、料理だけが不味い世界というのが存在するのがおかしいのだ。

衣食住は、人間の生活の基本なのだから、

同等の成熟度で発達していくものだと常々思っている。

それは、生きていく上で、人がより良い物を求めるからなのだ。

住み心地のよい家、美しい装飾の服、美味しい食事。

もし料理だけ不味い世界があるとするならば、

その世界の住人は食に対して興味がないから発達していないのだと思う。


けれども、科学と魔法の発達の違いには何か大きな落とし穴があるように感じていた。

魔法が発達する事で、簡単な原理や学問が阻害されているような…

天才的な頭脳があれば、すぐに解明できるのかもしれないが、

今はまだ基礎さえ学ぶ事が出来ていないので答えに辿りつけない。


家庭教師に教えられたマナーを守りつつ、もくもくと食事をしていると、エイラがデザートを給仕した。

果物が詰まったパイ。

このどろどろの果物が私は前世でとても苦手だった。

でも残すのも気が引ける。

覚悟を決めて、えいっと口に放りこむが…

めちゃくちゃ美味しい。

見た目も違えば、味覚も違う。

美味しいと思える物が増えるのは純粋に嬉しい。

まだ温かさの残る果汁たっぷりのフィリングが口の中に広がって蕩ける。

パイ生地はバターを沢山練りこんであるのか、サクサクしていた。


「美味しい!」


思わず口にすると、エイラが少し笑った気がした。


「お気に召しましたか?」

「ええ、全部、美味しかったわ」


笑顔を向けて、またパイに集中する。

パクリ。

サクサク。

やっぱり美味しい食事にデザート、これが一番の幸福の条件よね。

うんうんと頷きながら食べていると、そっと紅茶が置かれる。

エイラの淹れてくれた紅茶は、スッキリとしていて爽やかに香り立つもので、

口の中もさっぱりとした。


「このお茶も美味しいです」

「ようございました」


食べ物を食べるとエネルギーが湧いてくる。

何をしたらいいか分からないけど、とりあえず本を読んでみよう、と思い立った。


「エイラ、わたくし、本が読みたいのだけれど」


と声とかけると、流石にエイラが動きを止めて、少し目を見張った。

そりゃそうだ。

今まで逃げ回っていたのだから。

でも流石は、母の肝いりのメイドだけあって、復活も早い。


「どのような御本になさいますか?」

「自分で選びに行きたいのだけど……」


上目遣いで見上げるが、エイラはちょっと目を逸らして少し考え込む。

公爵家には図書館がある。

大体の公爵家には勿論、当然のように大き目の図書室があるのだが、

このフィロソフィ公爵家には図書館と言っても差し支えない程大きな書庫が丸ごと別棟としてある。

王国の知恵、と言われる所以だ。

宰相を始め、文官の輩出者が多いのも頷ける。


「今日はお疲れでしょうし、選ぶのはまた日を改めた方が宜しいかと」


気遣うように言われれば、ゴリ押しする訳にもいかず。

今度はこちらが少し考え込む番だ。


「じゃあ、神話とか御伽噺の本がいいです。

あと、世界地図と、他の国の事が書かれている本と、図鑑」


矢継ぎ早に言ってしまって、はっとエイラを見ると、やっぱり何かを疑うような眼差し。


ええ、ええ、わかりますとも。

今までとは別人ですよね。

別人と言われても仕方ないです、幼女の身体に大人の記憶が搭載されましたから。

仕方ない、言い訳をするしかない。


「わたくし、お城で粗相をしてしまったでしょう?

きちんとした淑女にならないと、お父様が困ってしまうのは嫌なの…」


とチラチラ様子を窺いながら言えば、

エイラは何事かを考える様子を見せて、一つ頷いた。


「承りました」


強い意志を感じる目をむけられて、背中に悪寒が走るが、その予感は数十分後に的中する。

食事を載せたワゴンに堆く積まれた本が、部屋に持ち込まれた。


「え…あ、…あ、これ…」


「はい、お嬢様のご希望の本を見繕って参りました」


エイラはニコリというよりニヤリ、という擬音が付きそうな笑顔を浮かべる。


「わあ…読むものが一杯でうれしいな……」


半ば素になってる言葉で、やけくそな感想が洩れた。


関連書籍ありすぎだし、見繕いすぎ。

でも、考えてみれば悪くは無い。


もしかしたら冒険に出れるかもしれないし、今後必要になる知識は多いに越した事はない。

マリアローゼは分厚い本を手に取ると、膝の上に置いてゆっくり読み始めた。

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