第3話 過去の家族と新しい家族のために

『悪役令嬢なのに、皆に愛されて困ります!』


困りますって何やねん。

お前困ってねーだろ。

困ってる振りしてるだけだろ。

本気で困ってるなら逃げるなり何なりしろや。


それがタイトルを見た時の、前世の「私」の正直な感想だったと思う。


そう。

面倒くさい世界。

だって既に二重構造の世界なのだから。

小説の中の乙女ゲームが「星降る夜に君と」というゲームで、続編含めて5人のヒロインがいる。

攻略対象はもっと多い。総勢ん十人。

悪役令嬢なり恋敵令嬢となる婚約者も大勢いるわけで…

ほらもう面倒くさい。

定番の「破滅ルートから逃げなくちゃ★」

からの愛されて困ります。


確かこの主人公はお転婆系だった気がする。

あざとい位に鈍感で、その後に学園に通う主人公を霞ませる存在感。

こんなの演じろといわれても無理だし、こっ恥ずかしい。

存在自体が恥ずかしい。

だとしたら目指すは「意地悪はしないけど、完璧な公爵令嬢」だ。

普通の貴族として行動していれば、興味を引く対象にはならないはず。

可もなく不可もなく、普通の目立たない令嬢として生きればいい。

目立たず生きるのは、恥ずかしくないし楽だ。

でも最低限、本当に最低限は自立出来る力と、

仮に平民になったとしても生き残れる職業についての訓練。

それから仲間。

仲間を探しに行かなきゃ。

冒険も一緒に出来る仲間がいれば心強い。

勿論、小説の中でそんな行動は出てこない。

1巻しか読んでないけど。


そう、1巻で普通に学園に通うまでの時間は出てきた。

通勤中に読んだ本の一冊で、隣市に住む妹が図書館から借りてきて忘れて行った物だ。

そして全くといっていいほど続きは気にならなかったので、

その日の内に読み終えて妹に返す為に玄関脇の棚の上に載せたのを覚えている。

割と途切れた記憶に近い出来事だ。

だから、「私」がもし記憶が途切れたあの時に死んだのなら、本を取りにきた妹が第一発見者になるだろう。

身体が腐る前で良かったけど、本当に申し訳ない。

せめて妹にあげられる貯金があって良かった。


いつの出来事か分からない「私」の死に少し黙祷を捧げる。

そして存命かどうかは分からないけど、妹の健康と幸運も祈っておく。

もし同じように生まれ変わっていても、それがこの世界でもそうじゃなくても、

どうか、幸せでありますように。


ふとお祈りのポーズをしていると、扉の前が騒がしくなってきた。


「ローゼ、ローゼェェ」

父の情けない声と、母の涙声の呼び声が聞こえてくる。


もう時間切れか…早かったな。

あれ?まだ鐘鳴ってもいないんじゃ?


「旦那様、奥様、お嬢様は休んでおられますから」


と必死なナーヴァの声も聞こえてきた。

でも、雇い主は父なのだから、その内負けるだろう。

マリアローゼは手の中の冷め始めたミルクティをくいっと飲み干すと、

押し止める努力をしているナーヴァの献身の為に布団に潜る。

窓の外を見れば、二階に背を伸ばした木が見える。


うん?


木を上ってくる不審者も目に入る。

目をぱっちり開けているとバレるので、薄目で確認していると、ドヤ顔の長兄が枝に立っていた。

その横に猿の様に滑らかに双子の兄×2も上ってくる。


「窓からならかまわんだろう」


かまわんわけあるかボケェェ!と叫びたいのを我慢して目を閉じる。

全て記憶から消して眠りたい。

兄達は嫌いじゃない。

寧ろ大好きだし、大人の女性の記憶をもってしても美少年達だし、目の保養になる。

でも今はそっとしておいてほしい。

冷静なようでいて、マリアローゼはまだ混乱の坩堝なのだ。


窓が開かれて兄達が侵入したのと、扉から父母と残りの兄が雪崩れ込んできたのはほぼ同時。


「ああ、ローゼ、ローゼ、どうしましょう…ローゼが死んだら私も死んでしまうわ!!」


母の絶叫と泣き声が響き、ひしっと身体にしがみつく重みがする。


「そんな事させるものか!ローゼも君も私が守る!治癒師をここに!」


両親の剣幕に冒険気分だった三人が気持を改めたのか、


「死ぬなローゼ」


「死なないでローゼ」


と息子達の大合唱も始まる。


…いや、普通に寝てるだけだが。


でももう既に家族劇場が幕を開けている、今すぐ起きるのも難しい。

声を上げる勇気が出てこない。


何これどうなってるの?カオスなんだけど。

愛と勇気だけが友達の人に少し分けてもらいたい、勇気を。

などと思考が脱線しかかっていると、バタバタと呼ばれた治癒師が駆け込んできた。


「失礼します」


と言う声と魔法を詠唱する小さな声。

薄目で確認すると、長めの金髪の前髪から、優しげな垂れ目の緑とぶつかる。

不意にその青年は笑いを噛み殺すかのような顔を見せた。


バレた。


けど、顔面偏差値たっか…!!


家族は勿論だけど、公爵家に仕える青年治癒師は多分モブだと思うんだけど。

野生のモブイケメンもいるんだ、やっぱり。

後々、実は命を狙って近づいた……なんて変なフラグが立たない様に、

まずは屋敷の者の身辺調査も独自でするべきか…と考えていると、あわてて目を瞑った私の前に

すっと治癒師が立ち上がる気配がした。


「大丈夫です、奥様、旦那様。お嬢様は疲れて眠っているだけです」


あと仮病です。

と付け足されなくてほっと息をつく。

冷静さを欠いた両親だから気づいていないものの、治癒師でなくとも寝た振りは見抜けるだろう。

死なないでコールが落ち着いた今しかないので、目を開いて両親を見る。


「おとうしゃま…おかあしゃま…どうしたの…?」

「ああ、ローゼ。何でもないのよ…疲れたのね、ゆっくり眠りなさい」


母の華奢で美しい手が伸びて前髪を撫でる。

それはとても心地よくて、いい匂いがして、自然と笑みが零れた。


「はい、おかあしゃま…」


そういって見詰めると、母は優しげな美貌で花が綻ぶように可憐に微笑んだ。

先程まで泣いていたので、長い睫に雫があって、少しだけ胸が痛む。


「おかあしゃまは泣かないでね」

「まあ、ありがとう。私の天使ちゃん」


感激したように言うと、母は柔らかく額に二度三度と口づけを落とす。


「良かった…ほらお前達は部屋を出なさい。ローゼを休ませよう」

窓から入った三人と、父母と一緒に心配そうに現れた二人の兄達を父は廊下へ促した。

母も名残惜しそうにマリアローゼから離れて扉へ向かう。


「あのね…」

とマリアローゼが声をかけると、皆が動きを止めてベッドの上のマリアローゼを振り返った。


「おとうしゃまもおかあしゃまもおにいしゃまも、皆大好きです」


幸せな気持を伝えようと言葉を紡ぐと、皆が笑顔を浮かべる。


「私もよ」

「私もだ」


と言う両親の優しい声。


「俺も」

「俺達も」


という兄や双子兄の可愛いらしい声。


撫でられた心地よさと、幸福感に目を閉じるとマリアローゼは夢の淵に沈む。

大好きな優しい家族。


この新しい家族と「私」の記憶を持つマリアローゼの人生を守ろう。

誰一人不幸にしないように。

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