魔女の晩餐

第16話 強襲

「……」


 イテラの言葉に、男が小さく手を挙げる。


 岩場から男の影が二人、獣種特有の獣耳と赤い瞳、そして黒い戦闘服を纏った男達。

 細身の剣に巨大な戦斧、先頭の男は武器は分からないが、全員が相当な手練れなのは戦意をむき出しにている彼女の声音からも分かった。


「あら、血種のあなた……昨日勝負挑んできた子じゃない。確か……ルダ・ベックだったかした?お仲間まで引き連れて。なるほど、私達の獲物を倒したのはあなた達だったのね」

「ぎゃはは、昨日の御礼参りにきてやったぜ!今日は子連れで御守か?」

「……あ?」


 男の言葉に、簪が思わず大剣を振りぬく。


「止めなさい!」と言う彼女の叫びと、直後簪の喉元に突き付けられた一本の短剣は、それだけ二人の実力が離れている証。


 おまけに、男たちの肩に光る一つの盟星は、つい最近見たものだった。


「……何が目的?」

「……そうだな、先ずはポイントを全て渡してもらおうか」


 男、ルダはそう言うと『決闘申請』と叫ぶ。

 ポイントの無条件での譲渡は禁止されている、つまりはそういう事だろう。


「『条件の追加は無し、移動ポイントは100%』」

「……『決闘申請』そして『降参』するわ。どうぞ、ポイントは全部あげるわ」


 イテラは画面を操作し、一気に最下位へと落ちた自身の画面を一瞬だけ見ると、そのまま画面を閉じる。


 恐らく、今彼女から戦闘という選択肢を取り上げているのは、後方に居る二人、中でも今は異装すら使えない簪だ。


 それが、堪らなく悔しかった。


「ふん、80万位とは、やはりルダがやられただけ有る、そこそこ当たりだな」

「あら、良かったわね。満足したなら早く消えてくれるかしら?恐らく私達の戦闘、中継でもされていたんでしょう?魔女の晩餐だか知らないけれど、あなた達みたいな雑魚に構っていられる程暇じゃないの」


 イテラはそう言うと、男たちに背を向け、簪たちの背中を小さく押す。


 いつもより攻撃的な口調は、それだけ彼女は苛立ちを抑えているのだろう。


 ならば、ここで弱い簪が武器を抜くわけにはいかない。


「おい、クソ女が。あんまり調子に乗るんじゃねえぞ?」


 だが、そんな彼女の態度が気に喰わなかったのか、ルダの左に居た男は剣を抜いた。


「……何かしら?」

「口の利き方に気をつけろよ。俺は最高順位10万位のベルタール・ガレス様だぞ?丁度良い、お前この場で脱げよ。竜族はあんまり好きじゃねえが、丁度溜まってたんだ」

「……断ったら?」

「別に良いぜ。油断してたとは言えルダを倒して、あれだけのポイント貯めてたんだ。それなりの実力は有るんだろうが、今度は3人だ」


 男、ベルタールはそう言うと、手に持った細剣を彼女の首筋に近づけ、服を切り裂こうと剣を軽く落とす。


 男たちが所属しているのは、恐らくこの前レヴィンさんから聞いた前年の新世界大戦総獲得ポイント数第5位、【魔女の晩餐ヴァルプルギス】。

 所属同盟員のほぼ全員、或いはその全てが上位、或いは最上位探索者であり、同時に規律の通用しない無法者達の集団。


「……分かったわ」

「はっ、物分かりが良い女は嫌いじゃないぜ。そこの男、てめえも側で見てて良いぞ。てめえのパーティメンバーが犯されんのをなぁ!」


 男、ベルタールはそう言うと、恍惚とした表情で笑い、イテラの首筋へ手を当てる。


 助けるには明らかに実力は足りない……だが、もう我慢の限界だった。


「てめ――――――」


 簪が再び大剣を振りかぶる。


 瞬時に動いたのは既に剣を持っていたベルタール、そして刹那の間に走った大鎌が男の首元、斧が身体を翻したイテラの側頭部から。

 ルクスの大槍と男の短剣が、それぞれ刃先を向け合った。


「援護遅えぞ、ザイード」

「剣を引いてください。射程です」

「……遅いな。槍を突き出す頃には首が飛んでいるぞ」

「あら、でもあなたが剣を振るった段階で、全員の首が飛ぶわ」

「はっ、そん時には、おめえの頭もお陀仏だけどなぁ!」


 斧を持った男、ルダの言葉に、イテラは小さく笑う。


 均衡が続いたのは数十秒、最初に武器を引いたのは、リーダー格であろうザイードだった。


「……引くぞ」

「ああ、こんな奴ら相手に逃げんのかよ⁉」

「……黙れ。ポイントは手に入れた、これ以上やる程の意味は無い」

「ははっ、つまんねえなあ!もう少しで昨日のお返しが出来たってのによ」


 ザイードの言葉に、渋々とルダは斧を外し、そこでようやく諦めたのか、ベルタールも「ちっ、分かったよ!」と剣を仕舞う。


 どうやら諦めてくれたのか。


「気が済んだのなら、さっさと消えてくれるかしら」

「……てめえ、マジで調子乗んなよ?」

「黙れ……行くぞ」


 ザイードはそう言って地面を蹴ると、舌打ちをしたベルタール、そしてルダが追従する。


 男たちの姿が見えなくなるまで、三人は一瞬たりとも気を抜かなかった。


「……居なくなったわ」

「はあ……悪い、イテラ姉。ポイント結局全部取られた。それに――――――」

「平気よ、あの程度のポイント。それよりも、怒ってくれて嬉しかったわ。ルクスちゃんも、牽制助かったわ」

「いえ、服は破れていませんか?」

「ええ、ありがとう。取り敢えず、一先ず帰りましょうか。ああいうタイプはねちっこいからまた会わないとも限らないし、探索者協会にでも報告してから」

「はあ、何かどっと疲れた」

「簪さん、少し感情で動き過ぎだと私は思います」

「あー……だな、悪い」


 自分の事であれば多少抑えは効くのだが、イテラなど親しい人が言われるとついカッとなってしまう。


「ふふっ、私があそこで脱がされたら興奮した?」

「はあ、ざけんなっての!イテラ姉の身体に変な視線向けた奴は俺が全員殺す」

「あら、情熱的なアプローチね。お礼に後で少しだけ触っても良いわよ?」

「イテラ姉は俺をどうしたいわけ?」


 簪の言葉に、イテラがクスクスと笑う。


 実際、あれだけ煽る割には、イテラは簪に障られることを割と拒む、本当に男の敵だ。


「簪さん……私の触りますか?」

「ルクス、それ他の奴には言わない方が良いぞ――――――」


 とはいえ、今日のような悪意を持った敵が現れた時、簪には力が足りない。


 それで自分一人に危害が及ぶ程度なら良い。


 だがもし仮にイテラやルクスが被害を受けようものなら。


『力が欲しいか?』

「……人が真剣に悩んでんのに茶化さないでくれる?ルクス」

「ふふ、バレましたか。でも、力が足りなくて悔しい思いをしているのは、何も簪さんだけではありませんよ」


 私もあの時、結局何も出来ませんでした。

 そう言って見上げるようにこちらを覗き込んでくるのは、彼女なりに励まそうとしてくれているのだろうか。


「兄さん、一緒に強くなりましょう」

「……兄さんは止めてくれ。でも……そうだな」


 ルクスの言葉に、簪は自分の顔を軽く叩く。


 確かにこうして後悔ばかりしていても始まらない。

 もしまた同じ事が起きた時、せめてイテラの選択の足枷とならないように、強くならないと。




 一方、階層世界、焦宮殿。


「ああ、くそストレス溜まる!何で逃げたんだぁ、ザイード?」


 暗闇の中、剣を握ったベルタールが洞窟であろう石造りの壁を殴る。


「邪魔になんのはあの女だけ、後は雑魚だ」

「分かっているさ。だがあの女、どこかで見覚えが……」


 夜の森林の中、小さな火を囲んでフードを被った男、ザイードが首を傾げる。

 画面を開くと、映っていたのはさっきの女性と、二人の男女が戦っている映像。


「おい、俺はこのままじゃ済まさねぇぞ!」

「ひゃはは、同感だな!あの女は絶対にぶっ殺す!」

「……おつむの足りない奴らめ。まあいい、少し待て。あと少しで……」


 灼熱の夜の森の中、ザイードは画面を何度か動かすと、やがて一つの名前を見つけ、口元を持ち上げる。


 灯りの無い階層世界に訪れる夜は、どこまでも闇が支配していた。

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