第17話 合言葉

 前年度、新世界大戦において最上位、第五位のポイント獲得数を誇った【魔女の晩餐】は、大同盟の中では珍しい個々に特化した形態だった。


 同盟としての共闘は一切しない、行動も、戦闘スタイルも、持っている秩序も全てがバラバラな晩餐において、ただ一つの決め事は『強くある事』。

 規則は存在しないため、内輪での殺し合いなど日常茶飯事、ポイントが足りなければ身内からでも奪うし、時には他の大同盟ですら躊躇なく戦争を仕掛けに行く無法者たちの集団。

 だが、それでも尚彼らの同盟への入団希望者が後を断たず、新世界大戦において5位という圧倒的な順位を保っているのは、彼らの生き方がこの退屈な世界において圧倒的な光を放っている証であり、同時にその同盟員全員が圧倒的な力を持っているからに他ならない。


「二人共、今日は合言葉を決めておきましょう!」


 翌日、再び第二層緋界殿。


「合言葉?」

「ええ、私が……そうね、『翼は堕ちた』。私がこの言葉を言ったら、例え何と戦っていても、どんな状況でも、必ず全員で撤退するって約束して。場所も変えたし階層世界も広いから念のためだけれど、昨日面倒なのに絡まれたから」

「『翼は堕ちた』、か。何か物騒な合言葉だな」

「ふふ、私の黒く染まった翼には……」

「おーい、ルクスー?帰って来ーい!」


 最近、ルクスは時折変な事を一人で呟いていることが有る。

 これは本の影響なのか、それとも本を買って来た暁の影響なのか。


……簪のせいでない事だけは祈りたい。


「でも、何で今日も二階層なんだ?もうあいつらのせいで、階層主は居ないんだろ?」


 階層主の強さは結局分からないが、正直今の二人が第二種の普通個体に後れを取るとは思わない。


 おまけに、今は少しでも多くポイントを稼ぎたい。


「簪、何度も言うけれど別にあれはあなたのせいじゃないわ。言ったでしょう、あの程度のポイント、稼ごうと思えば一日で稼げる。」

「……いや、まあ、そうは言ってもさ」

「ふふ、私はあなたのそういう所が好きよ、簪。でも安心して、今日の任務はその分ポイントの美味しい個体を厳選して来たから」

「しゃあ、早く行こうぜ!」

「……簪さんも大概だと思います」


 腕を鳴らす簪の様子にイテラが笑う。


 とはいえ、実際に手に入る特徴やポイントは個体によっても大きく異なるので、その辺りの効率は大切だ。


 おまけに聞いた話では、魔女の晩餐の探索者は負けを


『それじゃあ、行きましょうか。今日は数をこなすわよ』

「りょーかい!」

「はい!」


 二人の言葉に、早々と竜化したイテラはいつもより低空のままその場を飛び立ち、昨日と同じ熱波の中へ突入する。


 大方の予想通り、今日の戦いはそこまで苦戦しなかった。




「ルクス、『チェンジ』!」

「はい!」


 数匹の狼の様な人工生物の中、簪は地面を蹴ると、前へ出てきたルクスと入れ替わり、後方から迫った狼の様な人工生物の身体を一つの小銃で撃ち抜く。


「簪さん、右から来ます!」

「ルクスも、左だ!一旦幻術かけといてくれ」


 狼など動物型の人工生物は、身体能力が高い代わりに装甲は比較的弱い。

 簪は迫って来た狼に数発の銃弾を放つと、躱したそのままに飛びかかって来た身体を、銃を捨てて叩き斬る。

 視線の先では、入れ替わった際に貫いたであろう狼の死体と槍を構えたルクス、そしてその前方には金縛りにあったように動けない狼。

 あれはルクスの幻術秩序だろう、簪の第一位階では第二種に対してここまで効果は見込めないが、流石第五位階。


 ついでに、後は簪の仕事だ。


「行くぜ、片手で術式記述、そして――――――!」


 簪は再び手の中に銃を創り出すと、左手の記述をそのままに弾倉が空になるまで、銃弾十数発を撃ちつくす。


 第二種となると、もう既に通常の銃では中々死なない。


 だが、それに魔術が合わされば。


「簪さん、後何匹ですか?」

「んー、7匹じゃね?取り敢えず、またチェンジで」

「はい」


 周囲を囲む狼と睨み合う中、簪とルクスが手を鳴らす。


 そんな二人を油断していると思ったのか、飛びかかって来たのは二匹。

 簪は幻術で一瞬足を遅らせて切り裂くと、ルクスはその手に二丁のアサルトライフルを出現させ、撃ち尽くす。


 反動の制御も、竜種特有の力もあってかなり手慣れて来たらしい。


「でも、やっぱり切り替えは出来るけど、複合秩序は出来なさそうだな」


 後5匹、簪は今度はこちらからと大地を蹴って接近し、体内のエラを混ぜ合わせ、失敗する。


 複合魔術はそれぞれの秩序を相当な練度まで鍛え上げた上で発動できる新種秩序、これが使えれば記憶秩序は正真正銘無限の戦法が可能となるのだが、流石にそう上手くはいかないらしい。


グルルルッ――――――‼


「はっ、良いね。向かって来る奴は好きだぜ!でも――――――」


 簪が大剣を振るう。


 だが、咄嗟に攻撃を躱して嚙みつかれたのは狼が簪の速度を上回っているのか、勿論幻術ではあるが。


 そして、その瞬間に上空から振り下ろされた大鎌は、最強の血竜姫が来た証だ。


「あはははっ、戦うのって最っ高‼二人共、調子はどう?」

「私は15です」

「今ので9匹目かな。イテラ姉は?」

「さあ?200超えた辺りから数えるの面倒くさくなっちゃって……」

「人工生物、絶滅の危機だ……」


 ここは第二層緋界殿の一角、通称『焦熱の荒野』。


 3人は戦い始めてから2時間ほど、辺りを転々としながら人工生物を狩り歩いていた。


アオーーーーン――――――‼


『あら、まだ居たのね。丁度良いわ……!』

「イテラ姉、わざわざ竜化する意味ある?」

『後4匹でしょう、面倒だから終わらせるわ』


 イテラはそう言うと、口元から一つの巨大なブレスを吐き出す。

 地面を抉り、近くにいるだけで焼けただれてしまいそうな程の熱。


 この辺りの気温は昨日よりも更に高いとのイテラの談だが、これの方が余程だ。


『さて、これで全部ね』

「いや、後ろにもう一匹……」

『あー、はいはい』


 イテラが尻尾を叩きつけ、狼が潰れる。


 少し気の毒な気がしてきた。


「はあ、結構戦ったな」

「ご苦労様、順位は上がった?」

「上がったぜ、3400万位、本当に意外と直ぐ戻るな」

「私も、3700万位です」

「ふふ、良い調子ね。私も2000万位、二層にしては上出来だわ」

「イテラ姉、さっきまで最下位だったよね?」


 簪の言葉に、イテラが嬉しそうに二本の指を立てる。


 実際、イテラのポイントはそこまで取り戻せていないのだろうが、これは彼女なりの気遣い、否、優しさか。


 今の所、昨日のあれから面倒事は何も無い。

 もう取れるものは無いと悟って諦めたのか、いずれにせよ今度は異装も使える、 最悪でも逃げる事くらいは出来るだろう。


「どうする?そろそろ引き上げるか?」

「そうね、結構戦ったから二人共結構疲れてるでしょうし……」

「私はまだまだいけますよ?」

「ええ、でも今日は万が一よ。昨日みたいなのに絡まれた時、エラ切れは流石に対処しきれないわ」


 仮にも私自身、力を半分失ってるし。

 笑うイテラだが、高層の濃いエラを吸収できずそれを取り戻すための秩序も無い、仕方のない事ではあるのだが、その責任の半分は簪にあると思うと少し胸が痛い。


 本当に……万が一そのせいで彼女に何かあろうものなら。


「そ、そこに居るのは……お願いします、助けて下さい……‼」


 その時、談笑している3人の会話を遮るように、遠くで一人の女性の声が聞こえた。


「……‼今のは⁉」

「……あそこです!」


 振り返る簪に、ルクスは地面を蹴る。


 遠くに見える木陰、見えたのは一人の倒れかけている女性の姿。

 何かの人工生物とでも戦ったのだろうか、その身体は既に傷だらけだった。


「大丈夫ですか?」

「ごほっ、ごめんなさい。この奥にある洞窟で戦っていたら、人工生物に囲まれてしまって……」

「お一人で、ですか?」

「違うわ、同じ同盟の人達と。でも……ごほっ!」


 女性はそう言うと、口から大量の血を吐き出す。


 腹部に見えた傷は既に相当な深手を負っているのだろう、そこへ僅かに遅れた簪とイテラが走って来る。


 ここまでの重症、今手元にある回復薬だけで足りるか。


「お姉さん、治療薬切れたならこれ使ってくれ」

「ありがとう、でも、ごほっ……上手く、飲めないの。だから――――――」


 女性はそう言うと、震える手で僅かに身を乗り出し、倒れそうになったところをルクスと、慌てて簪も手を差し出す。


 だがその瞬間、苦し気に呻いていたはずの女性の口元には、微かな笑みが浮かんでいた。


「二人共、離れなさいっ‼」


 イテラが叫ぶ。


 咄嗟に動いた彼女の取った行動は女性を抱えている二人の身体を引き剥がす、否、女性の身体を蹴り飛ばす事。


 確信はあった、だからこそイテラは突然の事に未だ固まったままの二人を余所に、迷いなく次の一歩を踏んだ。

 そして、女性の首元を掴み上げる。


「あなた、死にかけのふりなんてして、何が目的?」

「うあ……ぁ、ごめんなさい。でも――――――」


――――――捕まえた


 女性はボロボロの服を剥ぐと、その腹部に一つの歪な魔法陣を光らせる。

 見覚えの無い魔法、いや、これは。


 女性の言葉は、酷く鮮明に聞こえた。

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