第7話 秩序

「ちょ、急にどうしたのイテラ姉!」

「良いから、少しだけ待ちなさい」


慌てる簪に、イテラはお構いなしに二人の手を引く。


何か有ったのだろうか、珍しく強引な彼女に簪は僅かに困惑しながらも大人しく従っていると、やがて探索者協会を出て一つの路地に入った所でその手が放される。


彼女にしては、めずらしく真剣な表情で。


「おわっ、っと!急にどうしたの、イテラ姉?」

「悪いわね、突然引っ張って。ルクスちゃん、あなたの秩序教えて貰っても良い?」

「……?はい」


イテラの言葉に、ルクスは灰色の服の袖を捲ると、鱗に覆われた先、両手の甲を差し出す。


基本的に、探索者間での秩序の詮索は手札を明かす事にもなるため推奨されていない。

おまけにルクスの秩序は既に一度戦っているため分かっている。

彼女は竜種と天種を極めた第十位階。


だからこそ、晒された彼女の腕に刻まれた紋章に、簪は思わず目を見開いていた。


刻まれた数字はⅩ、手の甲に刻まれた簪やイテラ(二人)の左腕と同じ一つの秩序を。


「……‼それ――――――」

「?はい、これは記憶秩序……母はそう呼んでいました」

「……起動方法は分かる?」

「勿論です……秩序を記憶する『刻印リゼット』と再現する『解放リテスト』、攻撃を受けた相手の秩序を自分の記憶秩序の位階に応じて再現する。母の天使秩序からイテラさんの竜種秩序へ書き換えた昨日の戦いはその応用ですね」


ルクスはそう言って手を胸に翳すと、直後その身体を覆っていた鱗や尻尾、竜種の特徴の全てが光になって溶けていく。


記憶秩序、それは初めて聞く名前であるのと共に、簪がずっと探し求めていた秩序の存在だった。


「すげえ、今のは解除したのか?」

「はい、ですが消してしまった場合はもう一度刻印する必要が有ります。イテラさん、お手を借りても?」

「ええ、構わないわ」


承諾して手を差し出すイテラに、ルクスはその手を自身の両手で包み、自身の身体に薄く爪を突き立てる。


つう、と彼女の腕を流れる一筋の血。

だが、そんな彼女の傷が光と共に塞がり、その腕をさっきまでと同じ鱗が。


そして。


「……むずむずします」

「ふふ、少し分かるわ。種族が変わるのって慣れないわよね」


イテラの反応を余所に、ルクスの背中、そして頭にそれぞれ一本二対の尻尾と角が生える。

エラによる成長性もどことなくイテラに似ているような気がするのは、本当に。


「マジ、かよ……」

「ね、人に聞かれない方が良かったでしょう?」

「……イテラ姉、いつから気づいてたんだ?」

「戦い始めて直ぐに分かったわ。第十位階と言うには余りに技術が拙すぎるし、多層刻印ならわざわざ秩序を別に使う意味が無いもの。それに私を見て。種族秩序はその時々で解除できるようなものじゃないわ」

「……‼そういえば」


イテラの言葉に、簪は戦っていた時の事を思い出す。


言われてみれば、彼女は途中まで天使を使用していて、だからこそ不意を突かれてしまった。

普通に考えればおかしいはずだが、どうして今まで気づかなかったのか。


「ふふ、母から言われて戦闘中は出来るだけ表情を消すよう心掛けていたのですが。流石準優勝者には敵いませんね、イテラさん」

「ありがとう、と言っておくわ、ルクスちゃん。でもその能力、一般にはまだ誰も知られていないものよ」

「……!そうなのですか?」


イテラの言葉に、今度はルクスが驚いたような顔をする。


これは偶然じゃない、確信したのはたった今だが、彼女が殺されてから十年、剣を抜くと隠し子が表れて、更に行方不明になったはずの秩序を持っている。

否、この場合は恐らく秩序の存在を『消した』の方が的確なのだろう。


更に加えて言うなら、わざわざ彼女を待たせたも。


(暁、もしかして何かしようとしていたの……?)


「……イテラ姉、やばい」

「あら、嬉し泣きなら今の内にしておいてくれる?」

「違うって……俺さ、今すぐ新世界大戦に参加したい!」


だが、時として思考は、至極単純に完結していることも有るのかもしれない。


「あら、どうしたの急に」

「いや、何かうまく言えないんだけどさ……イテラ姉に認めてもらって、母さんから新しい武器を貰って、ルクスっていう新しい仲間から今ずっと知りたかった秩序を教えてもらった。何かこう――――――」


簪はそう言うと、胸の中で暴れる衝動を抑えるように拳を握る。


そう、これまでの事は全て暁が仕組んだこと。

イテラが簪を認めなければ剣は眠ったままで、剣を抜かなければルクスとは出会えないままで、彼女と出会えなければ母の秩序の使用法すらも知らないままで。


「……‼そうね、まるで暁が『優勝しろ』ってあなたに言ってるみたいね」

「だろ!因みに、『俺』じゃなくて『俺達』な!俺はイテラ姉が居てくれないとから!後、これからはルクスも!」


そう言うと、簪は三人の中心へ左手を突き出す。


新世界大戦は、あらゆるマイナス事象からの退避手段を得たこの退屈過ぎる世界の中で圧倒的な光を放っている。

ヴォルグとかいったチンピラのように出場するだけでも探索者としての確立した地位を、イテラのように上位に食い込めば一世代でも使いきれない程の莫大な財を。


そして暁のように頂点に立ったものは……自分の望む新たな世界の創造すらも。


「優勝しようぜ、俺達で!」

「くす、今までの中では一番説得力のある演説だったわ。でも、ルクスちゃんは良いの?私は元々付いて行くって決めているから良いけれど、はっきり言ってこの船は泥船よ?」

「……イテラ姉、酷くね?」

「あら、本当の事でしょう。私が乗ってあげているだけ感謝して欲しいわね。でもルクスちゃん、もし原初地球を再現したいだけなら、はっきり言って他の相手と組んだ方が良いわ。貴方の持っている記憶秩序の情報を上手く使えば、それなりの探索者達の言う事は聞かせられると思うし」


ずっと正体不明にされてきた記憶秩序、だが勿論、創られた当初は物見遊山で多くの探索者が秩序を書き換えた。

加えて、既に手札を知られる事が前提となる上位勢同士の戦いにおいて、秩序の力は知られていないと言うだけで大きな武器になる。

寧ろ、大概の上位勢ならば興味を引くことが出来るだろう。


「……簪さんとイテラさんは、私が居ると迷惑ですか?」

「そんな事ねぇよ。寧ろ一緒に参加したいから誘ったんだぜ、『新世界大戦に出よう』って」

「あなた、それ誰にでも言っているけどね」

「いや、あれは社交辞令みたいなものじゃん?ルクスはガチの奴だから、なんつーか……一目惚れ?」

「うわ、ダメ男が居るわ」


イテラの言葉に、簪は「とにかく……」と小さく咳払いをすると、改めて拳をルクスの方へ突き出す。


簪自身、別に無理に仲間に誘うつもりは無い。

断られたら断られたでそれまでだし、今まで通りイテラと二人に戻るだけ。


ただ、いつもより少しだけ熱が入ってしまったのはきっと、これが母の仕組んだ事だと気づいてしまったからだ。


「私は、生まれてからすっと天没の遺跡で暮らしていたので余り常識を知りません。書籍などで一通り学習はしているつもりですが、迷惑をかけても許してくださいますか?」

「そんなもの……喧嘩を売られたからって酒場を半壊させた簪と比べれば全然平気よ」

「えっ、あれ最終的にヒートアップして壊したのイテラ姉だよね?俺机2、3個しか壊してないんだけど?」

「戦闘の技術もほとんどありません、それでも許してくださいますか?」

「大丈夫、俺よりは上だったぜ」

「あなた……自分で言って悲しくならないの?」


イテラの言葉に、簪は「これから追い抜くから」と笑う。


簪にとってイテラへの距離感は、限りなくゼロに近い。

だからこそこれまで彼女への思いを隠してこれたのとも言えるが、一方で近すぎる距離はそれ以上に詰めるのを躊躇ってしまうのにも十分だった。


「……ふふっ」

「ルクス?」

「いえ、すみません……簪さんとイテラさんはまるで夫婦のように仲が良いのですね」

「……あー、もうずっと一緒に暮らしてたからな」

「簪が赤ん坊のころからね」

「俺がイテラ姉に会ったの8歳なんだけど、ねえ?」


イテラと簪が初めて会ったのは放浪世界の一角、暁が居ない時に隠れて外出をして、森の中で迷ってしまった時。


今考えれば暁に会いに来ていたであろう彼女と出会い、後に紹介を受けた。



『――――――いつか、私の大切な人たちが迎えに来てくれるから』

『母さんの大切な人……もしかして、いつも話してくれている簪さんとイテラさんですか?』

『そう、私の全てのかけて愛してる二人。勿論、ルクスちゃんもね』

『……私、お二人と仲良くなれるでしょうか?』

『ふふ、きっとルクスちゃんも好きになるわ。だからいつか出会ったら――――――』



「簪さん」

「ん、どうした?」

「……これから、よろしくお願いします」


ルクスは、突き出された簪の左腕に自身の右腕を当てる。


「……ルクス!」

「一緒に優勝……しようぜ?」

「あら、簪の馬鹿な口調は真似しなくても良いわよ。でも、ルクスちゃんが自分で選んだことなら私も嬉しいわ。改めてよろしくね」


イテラが合わせられた二人の拳に、自身の拳を合わせる。


探索者協会の近く、当初の街を案内する予定は中々横道に逸れたが、これで正式に簪たちはチームになった。


なら後は。


「さて、話し合いも終わった所で、折角一緒に冒険をするなら少し予定を変えちゃいましょうか。ルクスちゃんは新世界大戦への登録、それと、私達で『同盟ユニオン』を作りましょう――――――」

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