第6話 新生世界

『お母さん。原初地球って、どんな世界ですか……?』


 十年前、天没の遺跡内。


『ふふ、そうね。私も行った事は無いから分からないけど、きっと私達の想像しているより、ずっと綺麗な世界よ』

『綺麗な世界、ですか……?』

『ええ、きっとこの世界よりずっと不安定で不完全だけれど……自然が有って、建物が有って、人々も生きる希望に溢れている、そんな世界』

『……それは、凄いです』


 固い床の上、後頭部に感じる温もりを感じながら、ルクスがこちらを見下ろす視線へ頷く。

 視線の先に見えるのは母である暁、当時遺跡の外に出ることを禁止されていたルクスにとっては母の話す世界が、自分にとって全てだった。


『……原初世界、行ってみたいです!』

『ええ、きっと行けるわ。だけど、もう少しだけ待っていて欲しいの。少し長くなってしまうと思うけれど、きっといつか――――――』


――――――いつか、私の大切な人たちが迎えに来てくれるから。


「……ふわぁ、これが、外の世界ですか!」


 翌日、喧騒に包まれたレンガ造りの街の中で、竜鱗に身を包んだ少女がその瞳を輝かせる。


 見覚えの無い景色に土っぽい地面。

 思えば、どうしてこんなことになったのだろう。

 思い出せるのは、十年越しに現れた母の大切な人だと言う二人。


 ルクスは言いつけ通りに戦い、そして。


「ん~、今日も世界首都ファナヴィ―ゼラはいい天気ね!」

「うわ、もう昼じゃん。イテラ姉がコーヒー豆切れたとか騒ぐから。ルクス、新生世界は初めてだったよな?」

「はい!綺麗なですね。ここが新世界大戦?の会場、なんですか?」

「半分正解だな。ここはあくまで探索者同士の交流とかで使われることが多いから……」


 簪の言葉に、ルクスが頷く。


 昨日の戦闘が終わった後、簪とイテラの二人は外に行くことを選んだルクスを連れて、天没の遺跡を後にした。

 十年間、遺跡の中に閉じ込められて育った少女、俄かには信じたかったが、現在では第二地球と並んで最も有名な世界の一つになった探索者達のための世界、『新生世界』を知らないとは。


「空に浮かぶ城、凄いですね。人もいっぱい居て……!」

「くす、ここは全ての秩序の使用が解禁されている世界なのよ。機械秩序で創られた新装街に魔法で浮かんだ空中都市、影に入れば陰陽術で創られた裏世界にも行けるし、少し都市から離れれば吸血鬼や魔族の住む常夜の国とか、巨大な迷路に囲われた妖精郷にも辿り着く」


 新生世界は、当初探索者達の行動拠点兼それぞれの世界を持つ秩序同士の交流を目的として作られた世界。

 その規模は第二地球と同等、数多の種族が集う交響都市シーズリーズ、研究や採掘における英知の全てが結集する新造回廊ミドラズオルエ、そして全ての探索者が集まる世界首都ファナヴィ―ゼラの三都市を中心に秩序によって創られた都市や遺跡が乱立し、また雲より更に上、世界の現界高度には新世界大戦における最終決戦の地『神魔殿』が浮かぶ。


 正に、探索者達の為に有る世界。


「そういえば昨日の話だけど、呼び方はルクスで良いのか?」

「はい、ルクスちゃんでも呼び捨てでも、どちらでも構いません。改めてよろしくお願いします、


 ルクスが頭を下げる。


 違和感のある響きに、簪が視線を反らしたのと、イテラがそっぽを向いたのはほとんど同時だった。


 こうなった経緯は単純、昨日家に帰った二人は改めて、彼女の名前や暁との関係性について放浪世界にある二人の家で設けたルクスとの話し合いの場。



『改めて、ルクス・レゼナ・ベルンハイムといいます。年齢は16、よろしくお願いします』


 石造りの家の居間、机を向かい合わせて座ったルクスが頭を下げる。


 家の中は簡素な、かといってやたらと部屋の多い石造りの二階建て。

 玄関から入ると、廊下から隔てて中央に有る居間から幾つかの部屋が有り、二階にはそれぞれ簪とイテラの部屋。


 正直二人が住むにしては持て余していたので、ルクスの入居自体は特に問題はなかった……のだが。


『よろしくな、えーっと、ルクスちゃん?』

『呼び方はどちらででも大丈夫ですよ、兄さん』

『……んん⁉』


 この子は何を言っているのか。


 ルクスの言葉に、簪が蒸せたように息を吐く。


『げほっ……兄さんって、俺の事?』

『あれ、何か間違えていましたか?私の情報では、同一の存在を親類とする子は産まれた順に兄妹という関係になると――――――』

『いや、ちょっと何言ってるか分かんないけど……』


 ルクスの言葉に、簪は呆気にとられたようにイテラへと視線を向ける。


 複雑な言葉で分からなかったが、ようは彼女は簪と同じく暁が母であるという事か。


『……暁に娘は居ないわ』

『はい、その認識も実子では無いと言う点において間違いではありません。母の恋人だったイテラさん……』

『……⁉』


 そして、続々と増える新しい情報の波に、簪の頭はパンク寸前だった。



「えーっと、イテラ姉が実は母さんの恋人で、ルクスは母さんの隠し子兼俺の妹で――――――」

「どうかしましたか、兄さん?」

「……あー、ちょっと待ってくれ。今整理してる」


 ルクスの言葉に、簪が視線を背けるイテラを追う。


 昨日の夜は、ここ最近で最も地獄の時間だった。

 母の隠し子が発覚して、義妹が増えて、昨日の夜だけで明らかにもっと深刻な雰囲気で告げられるべき衝撃の事実が多数明かされたが、まあ、その辺りは一旦置いておこう。


 簪にとっては。


「……簪、私は別に暁との約束だから貴方と一緒に居た訳じゃ――――――」

「分かってるよ、イテラ姉はそういう人じゃない。というか、だから俺はイテラ姉の事が……」

「……?」


 こちらを向くイテラの視線に、今度は簪が思わず顔を反らす。


 僅かに気温が上がった様な気がするのは、昨日の話を聞いても尚、簪の持っている感情が嘘ではない証だろう。


 いや、だとしても彼女の話が本当なら、母と子でまさか……に恋愛感情を抱くなんて。


「……兄さん、顔が赤いですよ?」

「ん、この辺は熱いんだよ……というか、兄さんは勘弁してくれ」


 多少年下とはいえ、初めて会った相手に兄呼びされるのは違和感が強過ぎる。


 話は逸れたが、今日の予定はルクスに対して新生世界を案内する事。


 そろそろ軽く街を歩くか。


「ルクス、どこか行ってみたい所は有るか?なければ取り敢えず探索者協会の本部にでも向かうけど」

「はい、兄さん……簪さんにお任せします」

「了解」


 ルクスの返事に簪は軽く頷くと、雑多な建物に挟まれた道を歩き始める。


 探索者協会の本部、それは一般の人々が探索者に成るために登録する最初の場所であるのと同時に、全ての秩序世界情勢や遺跡情報、討伐依頼など全ての探索者達の活動の中心となる場所。


「確かここの転移門だったよな……」

「あなた、相変わらず方向音痴ね。そこ通ったら天上居住区よ、協会はこっち」

「うへぇ、転移門数多すぎるって……」


 秩序やそれにともなった技術の全てが解禁されている世界首都の街中には、第二地球と比べて機械製品は少ない代わりにマナを消費することで使える大量の反理製品、超常的な移動方法を行える道具で溢れている。

 ゲームでしか存在し得ないような時速数百キロで空を飛べるバイク、建物を通り抜けられる影のトンネル、指定地点を繋げる紙の橋まで、お陰様で広い街でも移動にさほど苦労はしないのは利点だが、手段が多すぎるというのも考え物だ。


 探索者協会に着いたのは、歩き始めて一時間ほどが経ってからだった。


「わあ、大きい……これが探索者協会ですか?」

「そうだぜ、何と言っても本部だからな。ここは毎日数万、数十万の人が訪れるんだ。人工生物の出現報告とか鉱石の採掘依頼、あらゆる情報がここに集まってる」


 探索者協会は一つの巨大な石造りの銀行のような建物、中には酒場から訓練場(という名の試合場)、医療棟まであらゆるものが揃っており、数百の窓口が、探索者達へ依頼の受注や報告を手助けする。


「……何でも出来るこの世界でも、問題は起きるんですか?」

「うーん、私もそこまで詳しくは知らないけど、あくまでEVEは個人の目的などで使用されないよう全世界を構築する枠組みを決めた後は、特定の秩序権限とかを除いて一切の接触を断つ設定にされているから、後は人が解決しなきゃいけない、とかどうとか……」

「第二地球と違って誓約が無い分、治安の悪さはこっちに集中してるからな」


 制約は、電子世界に移行する際に造られた不可侵のルール。

 第二地球であれば暴力や殺人の禁止、暴力を振るおうとすれば特殊な壁がその人を守り、探索者の場合であれば一時的に複写地球へと飛ばされる。


 一方その分、都市毎のルールや人間としての倫理観以外一切の制限が無い新生世界や階層世界、資源世界は常に問題が絶えず、中には上位探索者になると、気まぐれで都市レベルの問題を起こす輩も居る。


「ルクスは……秩序を使ってたし一応探索者なんだよな?」

「はい、秩序の有無が基準であればその部類に入ると思います。一般の方は秩序を持っていないのですか?」

「ああ、探索者以外は秩序を持たない代わりに絶対の安全を約束されてるからな。そういえば、ルクスの秩序って――――――」


「――――――二人共、次の場所行くわよ」


 その時、簪の話を遮って、イテラが二人の手を引いた。


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