第4話 異装
「……‼それ」
「ふふ、ええ。天使秩序において最高位階である二十位階まで至り、その中でも3人しか得ることの出来ない『
そう言うと、イテラは地面に降り、簪を手招く。
異級武装、通称『異装』は魔法や機械、魔術など、様々な事象秩序の能力を、特殊な金属と合わせることで借り受けることが可能になる武器。
当然出力はある程度劣るうえ、使用できる能力も精々一つ、更に一度刻んだ能力の書き換え不可と制限も多いが、それでもその価値は一流の作品であれば一振りで家が一軒建つとも言われる正に最強の装備。
「母さんが……俺に?」
「そうよ。厳密には、武器を変えるからこれは簪に、っていう理由もあったのだけれど。もしこのままあなたが秩序探しを続けて、新世界大戦にも優勝したいって言うなら、きっと大きな力になってくれるはずよ」
イテラの言葉に、簪は答えることが出来ないまま剣の前まで歩いてきて、静止する。
眼の前に刺さっている剣の異質さは、立っているだけでも分かった。
(すげえ、俺の魔術なんて比じゃないエラの術式。でも……)
「……イテラ姉、何で今日なんだ?俺まだ第三位階だぞ」
「くす、位階は関係ないわ。あなたはこの十年、一度たりとも探すのを諦めると言わなかった。だから相応しいと思ったのよ。後はようやくその魔法をギリギリ使えるくらいのエラの総量が溜まったのと……うーん、私の裁量ね」
片目を瞑るイテラ。
そんな夕日に照らされた彼女の姿に一瞬だけ見入ってしまったのは、こんな幻想的な状況のせいか、それとも。
ただ一瞬だけ、剣に導かれるような気がした。
「はっ、何だよそれ。これ、ずっとここに刺してたのか?」
「そうよ。暁が使わなくなった十年前からずっと。本当なら槍の方もどこかにあるはずなのだけれど。簪、丁度さっきの戦闘で剣折れていたでしょう?大剣だからちょっと勝手は違うけど、異装は錆びない。直ぐにでも使えるわ」
イテラはそう言うと、「握ってみて」と、簪の手をそっと剣の柄へ誘導する。
重量感のある武骨な造りに、金属とは思えない青白色に彩られた大剣。
それでも、不思議と初めてとは思えない程手に馴染んだのは、まるで簪の事を待っていたのかと勘違いしてしまいそうだった。
引き抜くのにも、ほとんど力は要らなかった。
「すげえ……これが、カラドボルグ」
「ふふ、綺麗な剣でしょう。最上位の聖魔鉱石に最高位階の魔法秩序保持者、鍛冶秩序保持者が携わる事で生まれたあらゆる世界を切り開く『断絶』の剣」
「こんな凄そうなの、上位陣は皆持ってるのか?」
「そうね、大体三桁以上であれば最低一本は持ってるかしら。まあ、あくまでも魔具の能力は――――――」
奥の手、そう言おうとした瞬間、イテラが視線を反らした。
「どうしたの、イテラ姉?」
「……地面が開くわ。これは……?」
イテラの言葉に、簪も続けて視線を向ける。
彼女の言葉を証明するように、剣を刺した場所を中心に光の線が奥へと奔り、地面が開いたのはそれから直ぐ。
巨大な機械づくりの階段と辺り一帯を包むエラ。
新世界大戦の舞台となる階層世界などでは、定期的に人工生物の溜まり場となるダンジョンや遺跡が出現する。
しかし、この世界は新世界大戦の会場外、ポイントにならない弱い人工生物は多少練習用として出現するが、EVEによる大地干渉は行われない。
つまり、もし遺跡やダンジョンが表れたとしたならそれは。
「イテラ姉、解説頼んでも……?」
「……こんなもの、私は知らないわ。剣を抜くのを鍵にして開く遺跡?でもそれなら……」
ぶつぶつと何かを呟くイテラ。
珍しく動揺しているように見えるその姿は、彼女もこの事を知らなかったのだろうか。
だが、もしそうだとするならこれは、この場所に出現したのなら。
「……イテラ姉、行ってみようぜ!これ、母さんが作ったやつだろ?」
「多分。でも何が有るかは分からないから――――――」
気を付けて、イテラのその言葉は、踏み出した簪の身体によって遮られた。
「おっ先ぃーっ‼」
「あっ、ちょっと待ちなさい!」
イテラの静止を振り切って、簪は目の前に開いた階段へと走って行く。
この時不思議と感じた高揚感は、きっと母について何かが分かると思ったからなのだろう。
遺跡の中は、時折松明の並べられたシンプルな一直線の階段。
人工生物の気配はしない、しかし簪はそもそも索敵能力を持っていない為、油断はしないようにしなければ。
「イテラ姉、どお?」
「敵の気配は無いわ。それどころから罠も分かれ道も――――――」
イテラは階段を下りながら、簪を追い越す。
何かあった時に守ってくれようとしているのだろう、確かに罠も敵も居ない遺跡など、ここ以外の世界に存在したのであれば、誰かが二人を誘い込んでいるとしか思えない。
数分、十数分、遠くに開けた場所が見えたのは、出口から指す光が完全に見えなくなった頃。
視線の先に薄らと見えたのは、一つの広々とした空間だった。
「出口っぽいの見えたぞ!」
「……?誰かいるわね。これ――――――!」
二人が、階段を抜ける。
見えてきたのは、これまでの階段からは想像もできない程作りこまれた壁や床、柱の隙間からは入る前にも見えた夕焼けの空。
ここまでが同一の遺跡であるのは疑いも無いが、姿を現した一人の少女は、まるでそこは自分の家だとでも言うように立っていた。
「初めまして……簪・レゼナ・ヴァ―リさん、イテラ・メル=オーリアさん」
まるで……二人が来るのを出迎えるかのように。
「……お、女の子?」
「簪、気を付けて。人型の人工生物の可能性も……」
「人工生物?私の名前はルクス。暁・レゼナ・ヴァ―リの命によりこの場所、【
少女、ルクスが頭を下げる。
薄い銀白色のおさげ髪に同色のドレス、地面に散乱した本の山からこちらを見る融和な視線や小柄な容姿はとても敵とは思えないが、少女の手元にある一つの槍がその可能性をギリギリで否定する。
しかし、そんな彼女の姿に対して真っ先に反応を示したのは、神妙な面持ちをしたイテラだった。
「……!その槍……暁が最後に使っていた槍ね」
「はい、魔道槍ロンゴミアント。流石ですね、イテラさん。死の際、命が尽きる直前まで最も長くともに居た相棒にしてライバル。母は良くあなたの事を話していました……」
ルクスはイテラの言葉に槍を持ち上げると、一つの画面を開き、ボタンを押す。
同時に、電子音が響き渡った。
『申請者、ルクス・レゼナ・ベルンハイムにより、イテラ・メル=オーリア、簪・レゼナ・ヴァ―リ、両名に対して決闘申請が送信されました。移動ポイント割合は0%、承諾しますか?』
「……決闘申請?それにレゼナ、って……」
「申し訳ありません。これ以上の発言は決闘後にするよう命じられています。拒否であれば、この場から去ることを推奨します。もし承諾であれば――――――」
ルクス、そう名乗った少女は地面から槍を拾い上げる。
探索者同士での決闘、それは新世界大戦におけるポイントの移動を、或いは一つの秩序につき三人しか手に入れることの出来ない真紋の移動を目的として行われる、誰にも邪魔をされることの無い正面戦闘。
唐突に挑んできた意味は分からないが、ポイントの移動も無しに挑んできたという事は何かの目的があるのだろう。
「イテラ姉、どうする?」
「……!そうね、私は受けても良いと思うわ。でも……」
その時、イテラが簪に視線を向けると、僅かに笑う。
謎のタイミング、だがこの時の表情の意味は、簪も自分自身で分かっていた。
「そんなに出てた?」
「くす、ええ。例え私が止めても、一人でも絶対に戦ってやるって。あなたがそこまで強く望んでいるのなら私に聞く必要は無いわ」
イテラはそう言うと、手に持った鎌を担ぎ上げる。
彼女は、昔から簪がどんな無謀なことをしようとしても付き合ってくれる。
だからこそ、簪は誰を一番信頼しているかと聞かれれば彼女の名前を答えるし、頼もしい、強い、恐らく全ての質問に対しても彼女の名前を挙げるだろう。
物理的にも彼女が遥かに強いのは確かだが、彼女が隣で戦うのならば、簪・レゼナ・ヴァ―リという探索者が臆することは決して無い。
「どうしますか?簪さん、イテラさん」
「ああ、良いぜ。その決闘、簪・レゼナ・ヴァ―リは承認する!」
「イテラ・メル=オーリアも隣に同じく」
二人はそう言うと、それぞれ大剣と大鎌を、反対に立つルクスは槍を構える。
辺りに響いたアラームは試合開始の合図だ、同時に、向かい合うように現れた二対の光の陣も。
「
「
直後、静寂を打ち破るように、一筋の巨大な光の槍と血濡れた大鎌が衝突する。
イテラが発動したのは大鎌、異装ハーヴェストムーンにより使用できる唯一の第十位階魔法にして直線上の全てを無数の血の刃を結集した赤い大鎌で切り裂く彼女の本気。
一撃目からこれを選択したという事は、それだけ今の一撃が危険なものだった証だ。
とはいえ、もしルクスと言った少女の槍が本当に母、暁の主武装なのであれば。
『くっ……ああっ‼』
「イテラ姉⁉」
辺りに吹き荒れた爆風に、イテラの身体が巨大な黒竜へと変わる。
久し振りに聞いた彼女の苦しげな声は、魔法が押し負けたのだろう。
直後、イテラは簪の事もお構いなしに辺りの壁や天井を崩すように身体を震わせると、土煙の中に向けて一筋の閃光を放つ。
「
土煙の先、二対の翼で守られた少女に向けて。
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