第2話 血竜姫《スカーレット》

「は?何お前」


 第二地球、統合市場内。


「おい、口の利き方に気を付けろ!お前、探索者だろ?俺は新世界大戦にも出場した上位探索者、ヴォルグ・ランゼル様だぞ?痛い目見たくなかったら、金目のもの全部置いて行けや」


 男、ヴォルグはそう言うと、簪の顔程も有ろう程の拳を振りかざす。


 第二地球において、探索者同士も含めて全ての傷害行為及び暴力行為は『誓約』によって禁止されている。

 それは探索者という職業を作るうえでも平和に暮らせるようにする為の電子世界ならではの『縛り』であり、同時にこの地球が中立世界と呼ばれる所以。


 一方で、常に武器を持ち歩いている探索者同士の戦闘に限っては。


「……へえ、ランカーねぇ。鬣に耳、獣種秩序の獅子族か。ちなみに断ったら?」

「構わねえぜ。それなら――――――」


 ヴォルグが握り締めた拳を振り下ろす。


 地面を破砕する一撃、簪は咄嗟に取り出した剣で受け止めると、そのまま身体ごと吹き飛ばされて地面を転がる。

 一瞬だけ聞こえた騒めくような買い物客達の喧騒は、二人が武器を抜いたせいだろう。


 とはいえ、それも直ぐに消える(・・・・・・)。


「いっつ!チンピラのくせに強ぇな。マジでランカーか?」

「どうした、威勢が良いのは口だけか?」

「ちっ、『術式展開スペルド』!」


 簪が空中に術式を書く。


 新世界大戦、強者たちの集まるその祭典への参加条件は、全部で数千万といる探索者の内、上位の100万人のみ。

 数字だけ聞くとかなり多いようにも聞こえるが、実際100万という数字は全探索者の10パーセントにも満たない数字であり、彼のいう言葉が本当なら、少なくとも現在3000万位にすら満たない簪よりは強い可能性が高い。


 だが、反対にこれに勝てれば簪の実力は。


「ほう、魔法……いや、遅いな。魔術秩序か」

「いや、秒バレぇ!そうだよ。んでもってこれで――――――!」


 簪は手元から一つの巨大な氷塊を撃ち出す。


 使用したのは空中に術式を記入することで超常的な現象を引き起こす魔術秩序。

 よく魔法と混同されることが多いが、空中に指を使わず法陣を展開する魔法は速射性に優れる代わりに構成が脆く、直接文字で定義する魔術は構成密度が高く、持続性にも優れる代わりに発動までが遅い。


 要は、魔術の方が威力は高い。


「ふん、少しでかい程度の魔術がこの俺に!」

 とはいえ、相手が本当にランカーなのであれば、この程度足止めにすらならない。

「おはっ、すげえ力!でも――――――‼」


 簪が地面を蹴るのと同時、氷塊が握りつぶされる。


 通常の人間ではとても考えられない力は流石獅子族。


 とはいえ、魔術の影に接近までは。


「はっ、小賢しいわ!」

「くっそ、力つっよ……すぎっ!」


 簪が弾かれた剣を振るう。


 反応が早い……簪は弾かれるたびに生まれる後退エネルギーを強引に受け流し、ヴォルグの身体を何度も斬りつけ、その皮膚に弾かれる。

 傍から見れば一方的にも見える猛攻、にも関わらずヴォルグに一筋の傷さえもつかないのは種族の差か、或いは簪の持っている剣がバール換算で10バール弱、端的に言えばあの花よりも安く買い叩いた鈍らだからか。


「記述完了、第三位階起動、氷槍――――――!」

「っぬぅ!」


 直後、簪の手元から一筋の巨大な氷塊が男を射抜く。


 第三位階、簪が使用できる氷魔術の中では、二番目の威力を誇る氷魔術。

 速度を意識したため位階は落ちたが、それでも通常の人間であれば即死の威力を誇る一撃。


 欠点が有るとすれば。


「ふん、第三位階程度が――――――!」


 刹那、放たれた氷槍を、ヴォルグが身体で受け止め、そのまま破砕する。


 魔術や魔法は、基礎のエラ操作を覚えた後、それぞれの属性に別れ、秩序を成長させる。

 簪が選んだのは氷魔術、物理的な殺傷性や防御性、質量は他の魔術と比肩して高いが、反対にそれらに高い耐性を持つ竜種や巨人種、獣種秩序の一部とは相性が悪い。

 ある意味では、身体硬化を持つ獅子族は、中でも相性が悪い相手だと言えるだろう。


 最も、最上位の探索者になれば二属性や三属性は最低限でも鍛える必要が有るらしいが。


「うへえ、やっぱり氷魔術は効かないよなぁ……どうすっかなぁ」

「ぐはは、第三位階程度しか扱えない雑魚が!この第四位階獣種秩序、ヴォルグ様に楯突こうなど……っ!」


 ヴォルグが地面を蹴る。


 さっきまでと比べ物にならない程の速度は、纏う秩序を全開に解放した故だろう。

 振り抜かれる拳を受け止め、足を躱し……きれずにそのまま蹴り飛ばされる。

 既に追いつけなくなっているのは、獣種と人間との身体能力の差か。


 おまけにヴォルグはまだ秩序を一つしか見せていない。

 もしもう一つ、何かしらの秩序を持っているのであれば。


「いっつ、術式展開……!」

「馬鹿の一つ覚えが!獣化したこの俺様に――――――!」


 ヴォルグの腕が、簪の身体を吹き飛ばす。


 バキリと響いた異音は、雑に扱い続けた剣が限界を迎えたのか。

 地面を転がり、柱にぶつかってそのまま息を吐く。


 強い、だがその時咄嗟に振るった剣は、僅かに男の肌に傷をつけ、弾かれた。

 まるで、何かの機械にでも弾かれたかのように


「全く、戻ってくるのが遅いと思ったら、あなた花すら普通に買えないの?」


 加えて、静寂な空間に突如鳴り響いた足音は、この戦闘が終了した合図だ。


「あ、何だてめ――――――」

「イテラ姉、ずいぶん遅かったね」

「ちょっと、私が遅れたみたいに言わないでくれる?全く、しかも手酷くやられたわね」


 女性、イテラはそう言って簪の元まで歩くと、倒れた簪の身体を寄りかかるように座らせる。


 こちらを見つめる黒くなった彼女の瞳に思わず一瞬だけ視線を反らしてしまったのは、助けられた気恥ずかしさからか。


 とはいえ、簪をここまでにした相手にさえ欠片も向けられない意識と手に取る気配のない彼女の背中に背負われた深紅の大鎌は、彼女がこれを戦闘とさえ認識していないのだ。


「よし、怪我は無いわね。剣まで折られて、私が装備見繕ってあげるって言ってるでしょ」

「いやぁ……それは、何かズルじゃね?」

「……大事なのは、過程じゃなくて結果よ」


 イテラは小さくため息を吐くと、簪を背に立ち上がる。


 その時、不意に二人を覆った巨大な影と風切音は、蚊帳の外にされていたランカーの男が我慢の限界だったのだろう。


 だが、さっきまでであれば即座に構えていたであろう状況でも、今はもう力を込める事さえしなかった。


「あら、女性の顔を殴るなんて。野蛮な男はモテないわよ」


 今簪の前には、獅子の一撃など意にも介さない最強の竜がいるのだから。


「イテラ姉、手加減ね」

「はっ、意外に力あんな姉ちゃん。この雑魚の――――――っ!」


 刹那、ヴォルグの身体が言葉を話し終えるよりも早く、後方の柱へと激突する。


 振り向きざまに腕を捩じ切り、蹴り飛ばす。

 単純な動作ではあるが、恐らく男は何をされたのか分からなかっただろう。

 男は自分の秩序を簪よりも高い第四位階だと言った。


 ならば多層刻印においての最高位階、である彼女になど、敵うはずもない。


「がぁっ、俺は何を……っ⁉」

「あら、意外に脆いわね。機械秩序で身体を改造した獣種って所かしら、簪が傷一つ付けられない訳だわ」


 簪は魔術秩序の第三位階、一つしか秩序扱えないことを鑑みても、ヴォルグの実力は同位階の多層刻印か、その程度。

 だが秩序の多層刻印は、その組み合わせによって無限の特質を得る。


 今回の様な場合であれば。


「さあ、それじゃあ簪に代わって始めましょうか、私達の楽しい大戦(たたかい)を」

「……‼てめえっ‼」


 ヴォルグが柱を蹴り上げる。


 脚から噴射された爆風は既に全身を機械化しているのか、その速度はさっきよりも更に早く。同時に千切られたはずの男の左腕が巨大な刃へと変わる。

 機械秩序と獣種秩序を合わせた機獣秩序、少し疑っていたが、既に簪の介入できない域になっている二人の戦闘は、本当に新世界大戦の出場者、ランカーだったのだろう。


「死ねや、クソ女ぁ!」

「くす、情熱的なアプローチねぇ。でも……」


 刹那、振り下ろされる剣をイテラが正面から掴む。


 背負われた大鎌を使う気配さえ見せないのは、それだけ二人の間に明確な実力差が有る証なのだろう。


 とはいえ、それは当然の事だ。


 100万人にも及ぶ新世界大戦の出場者と、その尽くを蹴散らし、頂点へと手を伸ばした準優勝者。


「あら、獅子族ともあろう者が、意外に力が無いのね。そんなんじゃ、予選も勝ち残れないわよ?」

「り、竜の角に大鎌……くそっ、まさか――――――!」


 男、ヴォルグが叫ぶ。


 直後、ガギリという変形音と共に巨大な剣へと変形したのは千切られていない右腕。

 恐らく奥の手だったのだろう、だが使うのを躊躇う気配さえなかったのは、今になって自分が挑んでしまった相手に気づいたのだ。


「仕込み刃、面白い発想だけれど、肝心の力が無いわね」

「くそっ、やってやらぁ!伝説って言っても所詮――――――‼」


 過去の遺物、ヴォルグがそう言葉を発しようとした瞬間、刃を受け止めたイテラの両腕が剣ごとその腕を引き千切る。


 医療の発達した現代において、死以外は全て軽傷だ。

 両腕をちぎられても、舌を引き抜かれても、生きてさえいれば全てが治る。


 とはいえ、戦闘不能であることに変わりはないが。


「す、紅竜姫――――――」

「安心して、殺しはしないわ。でも、喧嘩を売る相手は選ぶことをオススメするわ。さもないと……」


 瞬間、イテラは手に持った男の機械腕をその身体に投げる。


 彼女にとっては軽く、だがその一撃がこれまでのどんな攻撃よりも高い威力を持っているのは、後方の柱に叩きつけられた男の身体が、辺り一面に奔った強烈な轟音と衝撃波が物語っていた。

 探索者同士においては、一つの位階の差で天と地ほどの差が出る。

 それは秩序の数においても同義だが、それでも第十位階或いは第二十位階がそれまでと比べても次元の違う強さにあるのは、全ての探索者における共通認識だ。


 弱冠16歳、当時最年少で二つの秩序において第十位階へと至ったイテラ・メル=オーリアの場合には特に。


「ばけ、ものが……!」

「あら、か弱いレディに化け物なんて失礼ね。貴方が弱いだけよ……」


 倒れるヴォルグに、イテラは一瞥すらせずに背中を向ける。

 彼女は、簪にとって英雄だった。


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