ツギハギ

 ああ。きっと僕はここで死ぬんだろう――。

 夜空の下で、淡い光に照らされた闇の中で。ただぼうっとそんな事を考えたのだ――。





「浅中<あさなか>さん、それ取ってもらえる?」

 設備の駆動音の中でも妙に通る声。ああ、嫌いだ。

「えっと、これですか?」

「そう。それ。ちょうだい」

「あ……はい……」

 まるで使用人を相手にしているかのような目で、僕を見る。嫌いだ。


 ガタンガタン、ガタンガタン。僕とその他を乗せた鉄の塊が、闇を裂きながら進む。ああ。このままこの電車が脱線でもしてみんな死ねばいいのにな。そんな事を思いながら、僕は揺られる。



「ただいま」

 誰もいない五畳一間。真っ暗な部屋に僕の声を鳴らす。冷たい空気が僕を歓迎する。寒い。暖かいと思うほどに。

 靴を脱いで電気をつける。昨日の靴下が脱ぎっぱなしの、整頓のされていない汚い部屋。ここで僕はゴミのような今日を終え、クソみたいな明日を迎える。そしてまたゴミのような今日が始まるのだ。ああ。本当に。笑える。



 ふと、思い至った。ああ、海へいこう。夜だし寒いから泳げやしないけど、いこう。なぜかはわからない。ただ自然に、もとからそうあるかのように、思って、向かった。

 ザーン、ザーン。冷たい風が吹きすさぶ。僕を抱いて。全身が風に包まれて、ああ。暖かい。砂浜に降りて、海を眺める。目を凝らしても境界線がわからない、曖昧な世界に迷い込んだような。僕だけがはっきりとわかる、僕だけが溶け込めない疎外感。一歩、一歩、また一歩進む。途中で冷たい水に足が触れる。まだ、もう少し、膝くらいまで。周りは暗く、僕は徐々に闇に飲まれていく。冷たい感覚が心地いい。膝下くらいまで歩いて、止まる。このままスッと闇に消えていくような、そんな感覚があった。ただ静かにそこから動かず、一言も発さず。ただ冷たい水と、風と、闇に包まれて心地よい時間が経っていく。このまま消えるんだな。そう思いながら――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ツギハギ @tugihagisenbei

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ