第99話『麻痺』
「ヨシカッー!!」
全身がマヒしていくなか、かろうじて聞こえている耳にヒカリの叫びが聞こえる。
「サトルくんをお願い!」
「サトルさん⁉」
息をのむようなヨシカ、俺の状態はいったいどうなっているのか、一目でわかるほど酷いのかな。痛みはまったく感じないけど、まだ手足残っているよな。
「治療に全力を注ぎます」
「他の事は気にするな、この場は全力で俺が守る。死ぬんじゃねぇぞ兄弟!」
「結界は僕が引き継ぐのです。ヨシカ嬢ほどの効力は期待しないでください」
「よくもサトッチを、もう前に味方がいないから、手加減無用!!」
届くのは豪快な爆音、見えなくてもわかる。サリが殲滅系の魔法を使ったのだろう。建物の倒壊するような音も聞こえる。
「ヨシカ、サムは動かせる」
「すみません、この場で処置をします。お願いします」
「任せて、絶対に手は出させない」
戦闘音が近くで聞こえる。
これはホカゲか、多分五メートルと離れていない、一歩踏み込めば剣が届く距離に敵がいる。そんな中でヨシカは俺の治療をしているのか、タンガの怒声も聞こえる、大量の敵を押しとどめているのだろう。それでも敵の数が多すぎる。流れ弾がいつ飛んできてもおかしくない。
激しい戦闘音は鳴りやまない。
どれだけの時間が経過したのか、数分のようにも感じるし、すでに一時間以上経過したようにも感じる。
ヨシカの治療のおかげで手足の痛覚が戻ってきた、それに伴い激痛が襲ってくる。
「グウ」
こらえ切れずにうめき声を出してしまった。
どうやら、喉のマヒも戻ってきた。
「サトルさん、頑張ってあと少しです」
俺の心臓付近に手を添えているのか、暖かいオーラが全身に流し込まれていく。
「あと五分だけ耐えてください」
「五分だね、だったらあたしが全力でやるよ、レンサッチ、魔力ポーション」
「はいなのです」
先ほどまでは聞き取れなかった小さな音も、だいぶ聞こえるようになってきた。サリが喉を鳴らしながら魔力ポーションを飲み干している。
「まずい、でも回復」
サリがポーションのビンを投げ捨てる。
「あたしの全魔力を流し込む、燃えろ火球、そっちが物量で勝負するなら、こっちだって物量だ、ファイヤボールシュートの無限ノックだ!」
「なにか種目が混ざっているような」
レンサクのツッコミに答える者はいない。そこから聞こえたのは、ガトリング音と錯覚するような連続したシュート音。
まだ目が回復していないので見れないが、この音と音の間の短さは、どれだけの高速蹴りでシュートを放っているのか、地面に寝そべっているのでよくわかる。シュートが放たれるたびに大地が震動していたから。
そして宣言通りにサリは五分間、シュートを止めることはなく、時間を稼ぎきった。
ヨシカも治療をやり遂げてくれた。
視力が戻り、大粒の汗を流すヨシカの顔がまじかにあってドギマギさせられる。
「呪毒は抜き切りました。まだ全快ではありませんので無理はしないでください」
「ああ、ありがとう」
マヒはなくなったが、手足の痛みが残っている。手を見れば紫色に変色していて驚かされた。きっと靴を脱いだら足も同じ状態なんだろう。
「ケンジはまだ戻らないのか」
「一度来て、対策の水晶を置いていった。作戦を思いついたって、聞く暇はなかったけど」
サリの連続魔法のおかげで少しだけできた余裕の間にヒカリが状況を簡単に説明してくれる。
余裕があると言っても、あと数十秒後にはまたアーマーアンデットの群れが押し寄せてくるが。
「サトルくんが動けるようになったから、こっちも動きだそう」
「ごめん」
俺はヒカリだけじゃなくみんなの足も引っ張ってしまった。
「気にするなよ兄弟、向こうの世界では散々お前のお世話になったんだ、このくらいじゃまだまだ借りは返しきれてない」
それを言うなら俺だってと言い返したいけど、水掛け論になってしまう。今はそんなことをしている時間はない。
「二手にわかれよう。サトルくんとレンサクくんは一時的に避難して、その護衛をヨシカお願い」
「お任せください、お二人にはもう傷一つ付けさせません」
「残った私、サリ、ホカゲ、タンガくんで、突撃、サリまだ行ける」
「ちょっと疲れただけだから、あと三試合は余裕でフル出場できる」
「よかった。突撃の目標は、あの巨大な裂け目、この水晶を投げ込んで破壊するよ」
ヒカリが取り出したのは、ケンジが制作してくれたトラップ解除の水晶だ。
次元の裂け目を破壊すると、俺が記憶を消されレベルも1にされた状態で異世界召喚されるトラップが仕組まれていたために破壊できなかったが、あの水晶を先に投げ入れればトラップは解除される。そのためにも、もう一度、廃病院の七階まで行かなければならない。
あのアーマーアンデットの物量を突破して。
俺が倒れている間に周囲の景色は様変わりしていた。
「すごいな、ここは月面だったっけ」
廃病院の建物は半分以上が無くなっていて、周囲には数えきれない大小のクレーターができていた。
今の俺ではこれほどの攻撃力は出せないし、こんな攻撃を受けたらひとたまりもない、だから突撃メンバーから外された。毒のレジストもできないのも理由になっているだろう。
俺をメンバーから外す理由なんていくらでもある。
それでも、心がモヤっとした。異世界でヒカリとコンビを組んでずっと一緒に戦ってきた。レベル上げも、危険な冒険もずっと一緒に乗り越えてきた。ヒカリの隣に立っていたくて努力もした。
その努力の成果が消えた今、本当のギリギリの戦いになれば、俺はヒカリの隣には立てない、ずっと足手まといになりたくないと、念仏のように繰り返していたのに、いざメンバーから外されると、悔しさで一杯だ。
俺は情けないな、心も狭い。
「頑張ってくれ」
それしか言えなかった。
「また、あとでね」
影からヒカリの新しい剣を取り出し、それを渡して突撃するヒカリたちを見送った。
向かう先にはまだ呪毒の霧が残っていて、意地だけでついていける戦場ではなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます