第97話『誤算』

 ここは病院の中庭か、あのアンデットの津波に飲み込まれて良く生きていたな、ヒカリはすでに起き上がり周囲のアンデットを駆逐していき、俺の周囲だけが安全地帯になっている。


「俺だって、もう守られてばかりじゃない」


 レベルが下がったって記憶は取り戻している。

 戦い方だって勘は取り戻した。動きが遅く脆くなったアーマーアンデットくらい何匹だって倒してみせる。


 ヒカリ前と左右を受け持ち、俺が後ろ受け持つ。

 背中合わせで戦い互いに死角を補うけど、負担にかなりの差がある。


 不甲斐なさが心を責めてくる。しかし焦りは出すな、これは持久戦だ、持久戦には平常心が大事、スタミナを温存して必要最低限の動きで効率のいい結果を出せ。


 時間を稼ぐんだ。

 援軍の当てはある。このまま戦い続ければ、きっと打開できるはず。


 十分が経過、まだ敵の増殖が収まる気配がない。でもこっちだって攻撃は一度も受けてない、スタミナも温存できている。


 三十分が経過、まだ敵の増殖が止まらない。本当に魔力がある限り無限にわいてくるのか、俺が倒したアーマーアンデットだけでも百体は確実に超えてるぞ、そのおかげでレベルもアップしているのが実感できる。黒刀を振る切れ味が増している。

 だけど、少しだけ違和感がする。レベルが上がりステータスも上昇しているはずなのに、息切れがはじまったのだ。


 一時間が経過した。


「無理しないで、私はまだまだ大丈夫だから」

「ハァハァ、すまない」


 敵の増殖がまだまだ止まらない。

 影隠しから新しいヒカリの剣を取り出すと、もうボロボロになっていた剣をアーマーアンデットに投げつけ、新しい剣を引き抜く。

 俺は呼吸もままならなくなり、膝に手をついた。


 まさか、こんなに早くスタミナが切れるなんて思っていなかった。ステータスが下がっていたのは承知している。それでも部室ダンジョンでは三時間以上動き続けることができたんだ。それなのにたった一時間の戦闘でスタミナが尽きるなんて。


 訓練と実戦は違う。肌で感じて知っていたはずだ、実際に経験もしている。

 いや、その経験がスタミナを奪っていたのかも、混戦になり過去にできた動きを無意識に再現しようとしていたかもしれない。過去の動き、レベルカンストしていた時の動き。


 気を付けていたつもりだが、頭で考えた動きに体が付いてこなかったのか。


「ちくしょ~」


 悔しさで唇を噛みしめる。

 ようやくヒカリの足手まといを卒業できると思ったのに、まだまだぜんぜん足りていなかった。


 少しでも体力を回復させるために、温存して置いた最後の魔導式アサルトライフルを取り出す。すると、これまで愚直に押し寄せていたアーマーアンデットの動きがとまった。


「ついに増殖が終わったのか」

「違うよ、まだ七階からは溢れている。これは攻め方を変えるための一次停止だね」


 逃げ道なく完全包囲された俺とヒカリ。

 そして、ヒカリの予測は正しかった。


 アーマーアンデットたちが隣同士でぶつかり合い、混ざり合っていく、それを繰り返し、十二体のアーマーアンデットが混ざり合った巨大なアーマーアンデットが姿を現した。それも一体や二体じゃない、俺たちを包囲しているアーマーアンデット以外のほとんどが合体をはじめた。


「おいおい、もしかして殲滅スピードが落ちたから、合体する余裕を与えてしまったのか」

「本当にもう、周囲を気にした戦いはできなそう。サトルくん」

「すまないヒカリ、窮屈な思いをさせた。最初は俺がやる。本当に全力戦闘解禁だ」


 病院の建物だけじゃない、周囲の地形を変えてしまう覚悟を本当の意味でした。


 スタミナは尽きかけているが、動けないわけじゃない、フルマラソンを走りきった後の体力くらいは残っているんだよ。

 それにスキルではなく、道具を使えば魔力の消費はない。


 影隠しから、レンサク特性の手榴弾を取り出した。当然魔導式の物だが、これは物理的な衝撃もかなり出す。


「まさかこれを日本で使うことになるとはな」


 安全ピンを引き抜いて、俺は少し離れた場所にいた合体アンデットに投げつけた。

 頭部のヘルムにカツンと当った直後に大爆発。

 巨大アンデットだけではなく、まだ合体途中であった周囲のアーマーアンデットもまとめて吹き飛ばした。


 全力戦闘だ、もう温存はしない、後のことも後で考える。


 使いたくは無かったが、俺はスタミナ回復ポーションを取り出して一気飲み。強力なポーションは副作用がある。特に日本に帰ってきてから作った物には材料不足により代用品を使用しているので副作用は強めだ。どうせポーションを飲むなら魔力回復ポーションが良かったけど背に腹は代えられない。


 効力を薄くした御菓子タイプではなく、効果は最上級、副作用も最上級の液体ポーション。


「サトルくん、無茶しないで」

「このくらい無茶には入らない」


 ポーションを飲んで体力は回復した。そして右の鼻の穴から鼻血が出る。俺はそれを全力で噴出させ戦闘態勢を取る。少し息苦しいけど、スタミナが枯渇寸前の時よりは数段増しだから今は気にしない。


「まったく、後でヨシカと一緒にお説教だからね」


 それは怖いな、でもここでは死ぬつもりは無いので、仕方なくお説教を受ける未来のためにも頑張らないと。

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