第94話『観察』

 極光聖騎士モードになったヒカリの唯一の弱点。

 それは使える武器が少ないこと、光の魔力を剣へと流し込んで、強度を引き上げているが、それでもヒカリの全力には持って一時間くらい。


 これでも、レンサクが全身全霊で制作した極上の剣であり、頑丈さだけなら勇者の剣と同等。


 それでも、ヒカリの力には完全には耐えられなかった。

 だから、剣はもうはっきりと消耗品、極光聖騎士モードの時には使い捨てと割り切った。


 レンサク特製の剣は、製作費が向こうの世界では王都に豪邸が建築できる値段とほぼ同額だったことから、ヒカリ自身も最初は使うのをためらっていたけど、仲間の安全が第一だと極光モードの時だけは剣の消費を惜しまなくなった。


 もっとも、ヒカリが極光聖騎士になってまで相手をするのは悪魔族軍の大幹部以上だったので、それほど使用頻度は高くなかったけど。


 そんな最強状態のヒカリと戦って互角の勝負している黒紫の鎧男は何者なんだ。

 単純に推理するなら、使っている剣の持ち主、悪魔族四天王のザンザガリオスなんだけど、あいつは珍しくジョブ勇者によって倒されている。


 言い換えれば、ジョブ勇者が倒した唯一の幹部が四天王である剣将ザンザガリオスなのだ。


 伝説の武器、効果で希少なアイテム、そしてかき集められた兵士や民兵を大量に注ぎ込み、物量と言う力業で打倒した。


 話を聞いた時には、信じられなかった。

 ザンザガリオスを倒すために、俺たちはザンザガリオスの部下を打倒し、一つの砦に追い込み、孤立させるところまでいっていた。勇者の手など借りる必要はなかった。


 それなのに勇者は、ザンザガリオスとその兵隊二百に耐えして、かき集めた戦力四万の軍勢で攻め込んだのだ。

 勇者の軍勢が通った後の村は、悪魔族に襲われたわけでもないのに、建物は壊され、食料は奪われ、若い女性は傷つけられていた。


 俺たちはその手当や村の復旧に奔走するしかなく、ザンザガリオスの最後は見ていない。報告書には勇者との一騎打ちで敗れたとあったけど、間違いなく嘘だとわかった。いくら悪魔族が相手でも、持ち込んだ物資を考えれば、たった二百の敵を相手に被害が大きすぎる。


 考えたくはないが、民兵を囮か足止めに使って、まるごと大技を放ったのだろう。勇者の攻撃力だけはすごかったから。


 もしかしたら生き残っていた。あの黒紫の中身はザンザガリオスだったりは。

 いや、勇者が倒したとわかる唯一の戦果、首は切り取られ、槍の穂先に吊るして凱旋したと聞いている。


 相手の戦い方を観察。


「防御力はなかなか、でも壊せないほどじゃない、問題は回復力だね」


 ヒカリも直接戦った感想を応酬の合間に伝えてくれる。

 動きや特徴に、過去戦った強敵と一致する者はいない。


 俺が敵の正体を推理しているとついに、ヒカリの剣に大きな亀裂が入り、次の一合で根本から折れてしまった。


 ヒカリは折れた剣を投げつけると、すぐさま距離を取った。

 俺はヒカリの影から、影隠しに入れておいた別の剣を柄からヒカリが握りやすいように出現させた。姿を隠しているので声を出すわけにはいかない、それでも、ヒカリは俺の動きを正確に受け取ってくれた。


「ありがとう」


 ノールックで剣を影から引き抜くと、迫る黒紫の鎧男を切り払う。


 周囲の時間が止まっているので正確にはわからないが、体感ではもう戦闘が始まってから一時間以上が経過している。ヒカリの剣も一本目がダメになったから、この体感はそれほど狂っていないと思う。


 これだけ時間が経過しても仲間が合流してこないってことは、ここ以外にも敵が出現したか、やっかいな罠に足止めされているかだ。


 増援は期待せずに、ここは俺たちだけで倒そう。


 これまでの観察で、大凡の敵の戦力は把握できた、強敵ではあるけど、ヒカリなら勝てる相手だ。そこにちょっと俺が助力すれば勝利は間違いなし。


 これまで動かなかった俺が動く。


「了解!」


 それだけで、一気に倒しに行くぞとのメッセージは伝わった。


 影縄を今だせる最大数出して黒紫の鎧男を縛り付ける。だがたったの一秒でまとめて振り払われてしまったが、今の状態のヒカリならその一秒だけで十分なのだ。


 高速の踏み込みからの上段斬りで、黒紫の左腕を斬り落とした。


 斬られた方からは血ではなく、どす黒い魔力が噴出する。血が出ないってことはやっぱりまともな生物ではない、悪魔族ですら腕を斬れば血ぐらいでる。


 魔力の性質やこれまでの動きから判断して、相手は十中八九アンデット系の魔物だ。


「まだまだ!」


 左腕を斬り落としてもヒカリの攻撃は止まらない。

 首を狙い放った斬撃は片手に残ったロングソードで受け止められた。しかし、これでヤツの動きを封じ込めることに成功。


「サトルくん」

「おう」


 俺が返事をした方角に黒紫の鎧男の首が向くが、残念すでにそこにはいない。

 影抜けを使い、すでに背後に回り込んでいた。


 黒刀を全力で振る。

 狙うのは、鎧の繋ぎ目で防御力が薄い首だ。


「奇襲成功」


 俺の斬撃は見事に黒紫の鎧男の首を跳ね飛ばした。


「やったねサトルくん」

「ヒカリのサポートのおかげだ」


 今の攻撃は、自己採点でも高得点をつけられるほど、うまく決まってくれた。もう一回と言われても成功できるかは五分五分、初撃で成功できてよかった。


 首を失った黒紫の鎧男はよろよろと転がった首へと歩いていき、倒れる気配が無い、これでアンデット確定だな。


「オ、オノレ、許サンゾ、勇者メ――」


 ここで初めて喋ったセリフが勇者への恨み節であった。


「ちょっとまて、これはもしかして、本当に四天王のザンザガリオスじゃないか」

「勇者ハ、殺ス!!」

「私たち勇者じゃないんだけどなー」

「殺す、殺ス、殺す、ころす!」


 そうとう勇者を恨んでるな、この場にいなくても勇者のとばっちりを俺たちは受けるのか。

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