第93話『黒紫』

「自然発生じゃない!!」


 突然、背後に現れた次元の裂け目。

 俺は黒刀の居合いで消滅させると、今度は足元に落とし穴のように次元の裂け目が開いた。黒刀を振るために力を入れていた軸足が飲み込まれ、膝から先が見えなくなる。


「サトルくん!!」


 ヒカリが俺の腰を抱えて、裂け目から引っ張り出してくれたが、三度開いた次元の裂け目から延びてきた鎖に俺とヒカリは巻き付かれ、そのまま引きずり込まれてしまった。


「サトルさん⁉」


 ヨシカの悲鳴が最後に聞こえた。

 右も左も、上も下も分からないまだら模様の異空間、俺とヒカリをまとめて縛り上げた鎖がどこかに巻き上げられていく。


「冗談じゃない!!」


 また異世界なんかに召喚されてたまるか。

 たとえ召喚されるにしても、高い代償を支払ってもらうぞ。


 ヒカリは鎖に拘束されながらも聖騎士のスキルで俺を全力で守ってくれている。そのおかげで俺は少しだけだけど動くことができた。


 俺にヒカリを守る力がないのは歯がゆいけど、この巻き上げる鎖の先を攻撃するくらいなら、腕から影縄を伸ばして黒刀に巻き付けると、ぐるぐると振り回し遠心力を付けて、鎖の先へと投げつけた。


 手応えはあった。


 鎖の拘束が緩くなり、ヒカリにも余裕が生まれる。

 投げた黒刀を手元に引き戻して。


「ヒカリ」

「うん、やろうサトルくん」


 ここは次元の裂け目の中、どんな事が起こるかわからない。でもヒカリと一緒なら、どんな世界に放り出されても、かならずみんなの元に帰ってきてみせる。


 たくさん約束をしたんだ。


 俺とヒカリは、今できる全力の攻撃を鎖の元へと叩き込んだ。

 空間全体に亀裂が走り、俺たちはどこかの世界にはじき出される。


「着地は任せて」


 空中に出現したようで落下する。

 俺と違い平衡感覚を失っていなかったヒカリは俺を抱えたまま、危なげなく着地した。


「ここは、どこだ」

「取り込まれてすぐに脱出できたから、まだ世界は渡ってないと思うけど」


 光源が一切ない真っ暗な場所。

 空気の流れがなく、地面が平なことから、室内だと思うけど。


「ヒカリ、光源を出してくれ」

「わかった」


 ヒカリが光魔法で、光源を作り出し辺りを照らし出すと。


「ここって、廃病院の七階か」


 一週間前に攻略した元廃病院ダンジョンのボスフロアであった場所。

 時間停止を解除した時の最終目的地に放り出されたのか。


「周囲の空気に動きがないわけだ」


 時間停止は続いている。

 大本となった次元の裂け目も止まったままだ、何も吐き出していない。


「サトルくん、気を抜かないで、敵がいる」

「え?」


 俺とヒカリ以外に動くものがいないと思っていた世界で、三つ目の動く気配を感じた。


「どこから」

「あの、鎧みたいだね」


 ヒカリは剣を抜き構えた。

 その切っ先にあった物、それは紫色の鎧。

 あれは次元の裂け目から放り出されたわけではなく、俺がダンジョン攻略で最初に訪れたときから飾ってあったオブジェだ。


「あの時は、魔力なんて感じなかったぞ」

「今は強烈な魔力を発しているけど」


 以前は中身のない飾りだったけど、今は中身が入っているようだ。その証拠に俺たちをここに引き寄せた鎖、その根本を紫の鎧の腕が握っていたのだから。


 兜の隙間から赤く光る二つの目。

 鎖を投げ捨てゆっくりと立ち上がる。


 あきらかに、あの鎧は、正確には鎧の中身はいままで裂け目から吐き出されていた量産型の紫鎧とは違う、もしかしたらあの大量の鎧は、この化け物じみた鎧のコピー品だったのかも、威圧感が肌にビリビリ伝わってくる。


 鎧は抑え込んでいた魔力を解放した。その魔力は物理的な風となって叩きつけてきた。


「手加減をできる相手じゃないみたい、サトルくん、いつものお願い」

「いつものって、この状況でもアレをやるのか」

「もちろん、私のルーティンだから」


 ええい、迷っている時間なんてない、やるぞ、大きく息を吸い込んで。


「ヒカリ、アシル・イテ!!」

「ありがとう」


 今度はヒカリを中心に魔力の風が吹き荒れる。

 はためく黒髪が金糸の髪へと変わっていく、ヒカリの極光聖騎士モード。あの悪魔王と唯一正面からぶつかり合えた俺たちの最強戦力。


 ヒカリの変身が終わるのと同じくして、紫の鎧の変化も終了した。

 溢れ出る暗黒の魔力に染められたかのような、紫色一色だった鎧に黒色のラインが入り、紫と黒のツートンカラーへと変貌した。


 黒紫の鎧男は自ら次元の裂け目に手を突っ込み、そこから禍々しいロングソードを取り出す。って、あの剣、見覚えがあるぞ。


「あれって、四天王のザンザガリオスが使っていた剣じゃないか」

「サトルくん、少し下がって、自分の身を守ることに全力を入れて」

「おう」

 わかっている。この場で俺ができること、それは出来る限りヒカリの足を引っ張らないことだ。急いで壁の影に隠れる。そこから影抜けを使って別の物陰に移動、これで少しは俺の位置の特定が困難になるだろう。


 ヒカリと黒紫の鎧男が同時に動いた。


 目で追えないような速度を一歩めから出し、二人の丁度中間地点だった場所で激突する。剣と剣がぶつかることで生まれる衝撃、普通なら床にはヒビが入り、剣撃の延長線上にあった壁には斬撃の跡が付いていただろうが、今は時間停止中、止まった時間の中では、止まっている者や物を壊すことはできない。


 逆に停止中であっても、動いている者同士なら攻撃を当てダメージを与えることもできるのだ。


 剣と剣、技と技のぶつかり合い。


 観察して分析、スピードはヒカリの方が数段上のようだ。相手が一度の攻撃を繰り出している間にヒカリは二回、もしくは三回攻撃している。

 しかし、防御力は相手が上、ヒカリの攻撃は何回かヒットしているが、鎧の表面を破壊するだけで致命傷にはなっていない、それに加えて、数秒で完全回復する鎧。


 攻撃力のヒカリと防御力の黒紫の鎧男の戦いは拮抗していた。

 だが、早くも拮抗が崩れ出す。


 その原因は、ヒカリの装備している剣が刃こぼれしはじめたから。

 相手のロングソードは鎧と同じで刃こぼれしても回復していた。この差が徐々にヒカリを劣勢にしていく。

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