5章

第92話『想定外』

 油断はしていなかった。


 警報がなった五秒後には、それぞれがフル装備になり、さらに三秒でケンジの賢者スキルを使い、廃病院の近くへと転移する。


 決戦と想定していた時間よりも三時間ほど早い。


 戦う準備はできていたので、そっちは問題ないが、ヨシカの中庭は花火を出しっぱなしにしてしまった。火の始末だけはしたけど、使用前の花火の山が大量に残されてしまった。


「明日、精一杯お父様のご機嫌取りをしますので気にしないでください」

「今度この埋め合わせはする」

「楽しみに待っています。約束ですね」

「ああ、約束だ、それでケンジ状況は?」

「この結界の破られ方は内部ではないな、時間停止は継続している。認識阻害の結界だけが外から破られた」


 俺たちは様子を伺うため、廃墟病院から少し離れた場所に転移してきた。こんな時の状況に備えて、廃墟病院よりも高い地点で、全体を見渡せる位置は確認していた。


「誰かが侵入したのか」


 認識阻害の結界を敗れるなんて一般人じゃないだろ、スキルなんかがないと結界に近づくこともできないのだから。

 まあ、時間停止が破られていないのは朗報だ。

 最大の問題であるトラップ付きの次元の裂け目は停止したままだ。


「あれ、それじゃもしかして認識阻害を解除したヤツは、時間停止に巻き込まれたんじゃ」

「一部正解だ」

「一部?」

「結界を壊して侵入したヤツは一人じゃない複数いる。全員見事に固まっているようだがな」


 俺たちはタンガを先頭にケンジの示した場所へ到着てみたら、そこにいたのは、存在を完全に忘れていたジョブが勇者だった。


「失念していた。こいつの存在を今の今まで記憶から完全消去してしまっていた」


 それは俺も同じです。思い出すだけでストレスが膨大にたまるので、無意識に記憶から消す癖でも付いたのかな。


 病院の正面入り口の門を潜った場所で、六人の男女を引き連れた、ジョブ勇者の勇実がドヤ顔で固まっていた。手にはスマホを持っているが、魔力の影響で停止している。


 俺たちはケンジに停止対象外に指定してもらっているので、止まった時間の中でも自由に動けるが、止まった対象を攻撃して傷つけることなどはできない。まあ、攻撃するつもりは、一応ないけど。


「とにかく外に運び出そう」


 勇実を入れて七人の男女、見た目で年齢を判断するに俺たちと同じ高校生だろう。内訳は男性が三人、女性が四人である。


 攻撃はできないが、運ぶことならできる。止まっている全員を影縄で縛って連結すると、ケンジのスキルを使って、さっきまでいた見晴らしのいい観察ポイントにまで戻る。


 時間停止の外にでたので、停止は解除されたが、騒がれても面倒なのでレンサク特製、霧状の睡眠誘導薬を散布して、意識が覚醒する前に眠りについてもらった。


「まさか、こいつが再びここに戻ってくるとは、流石の私でも予想外だった」


 確かにスキルが覚醒している勇実なら認識阻害の結界を敗れたのも納得だけど、あれだけ、みっともなく逃げ出してトラウマを植え付けられてもおかしくないのに、こいつには怖いって感情は数日あれば消えてなくなるものなのか。


「こいつの握っているスマホに手がかりがありそうなのです」


 レンサクはコイツが持っていたスマホを抜き取ると、魔力の干渉を受けないようにヨシカに周囲の魔力を浄化してもらい、自分のスマホも取り出し器用に片手ずつで二台のスマホを同時に操作した。


「頭が、あいたたなのです」

「何か見つかったのか」

「見てください」


 レンサクがアイツのスマホを翳した。

 そこには『求む、勇気ある冒険者、この勇者勇実輝王と一緒に現代のダンジョンに挑戦しよう!!』と掲載されていた。


「……なんだこれ」


 やばいな、体調は万全に整えたはずなのに立ち眩みがしたぞ。


「どうやら、ホラー企画を立ち上げて一緒にあの廃病院に行くメンバーを募集したようです」


 今度は自分のスマホを見せてくる。

 この企画画面は、冗談なんかじゃなく本当にネットに掲載されていた。


「スキル先導者は効果を失っていたんだろ、それなのにこれだけのメンバーが集まったのか」

「理解ができないが、全員他校の生徒のようだ」

「他校生?」

「どうやら先導者の残滓が残っていたのだろう。同じ学園ならコイツの奇行を目撃して目を覚ますことができたが、他校の洗脳を受けていた連中にまでは奇行の情報は伝わっていなかったからな」


 コイツはサッカー部のエースで、いろいろな学校と試合をやっていたからな、その時に先導者の影響を受けてしまった連中か。


「推測はもういいだろ、理由がわかたってもう関係ない、こいつらがここにいるほうが問題だろ」


 珍しくケンジがタンガに正論で叱られた。

 つくづくコイツは面倒を起こしてくれる。せめて後一日企画を後ろにずらしてくれていたら、何の問題もなかったのに、よりによって今日実行するか。


 考えたくはないけど、もし大型の魔物が裂け目から出てきたら、ここも戦闘区域になってしまうから、このまま寝かせておくわけにもいかない。


「ケンジ、こいつらを安全な場所に運べるか」

「移動だけなら問題ない、どこか適当な、警察署の前にでも置いてくるか」

「一人で大丈夫か」

「子供の使いじゃない、ここには一人でも多くの戦力を残しておきたい。俺が運ぶのが、戦力的にも能力的にもベストだ」


 時間停止が解除されるまで後、三時間、ケンジの能力なら行って帰ってきても余裕で間に合う。認識阻害を使ってケンジが転移した数秒後。


 狙っていたかのように、俺たちの背後に次元の裂け目が出現した。

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