第90話『後1日、バーベキュー』

 やってきましたヨシカの家。

 そこはもう豪邸であった。


 異世界で貴族の豪邸は何度も見てきたが、あれは異世界だからで納得していた。しかしここは日本である。正門から邸宅まで徒歩五分はありすぎではないでしょうか。


 庭の広さを現す時、テニスコート何面分って説明をテレビで聞いたことがあるけど、ここには本物のテニスコートがありますよ、その隣にはプールまで備わっています。本当にここは日本なのでしょうか。


「すみません、父がどうしても男性を家に入れてはいけないと、ですので庭までで我慢してください」

「いや、うん、庭だけでお腹いっぱい」


 バーベキューやるからって、お腹を空かせてきたはずなんだけどな。圧倒的迫力で、空腹がどこかに行ってしまった。


「安心してください、わたくしがきっと空腹を取り戻してみせますから」


 豪邸を迂回して中庭と呼んでいいのかな、芝が敷き詰められた場所にやってくる。そこにはすでにバーベキューの設備が用意されていて、食材を待つのみの状態だった。


「もう驚いてばかりじゃいられねぇ、思いっきり楽しむぞ兄弟!」


 気持ちを切り替えた我らの切り込み隊長タンガが、食材の袋を持って設備に突撃、こんな時タンガの性格は助かるな、タンガのおかげで重くなっていた足が少しだけ軽くなる。


「今日は俺も肉を焼くぜ」

「そうだな、俺も久しぶりに挑戦してみるか」

「ではこちらから好きなお肉をお選びください」


 ヨシカがスーパーで買ってきた何種類もある肉を、用意されていた作業台に並べていく。


「え、その袋、全部肉だったの、てっきり野菜とかも入っているものだと」


 スーパーでもらえる一番大きな袋が三つ、中味は何と全部お肉、心配しなくても野菜や魚も別の袋に入っているぞ。


「皆様、準備はよろしいですか、それでは勝負です」

「負けないよ」


 あのヨシカさんなんの勝負なのでしょうか、それを受けて立つヒカリはどんな勝負か理解しているようだけど、俺にはわかりません。


「それではバーベキューをはじめましょう」


 ヨシカの宣言ではじまったバーベキューパーティー、各自が好きな具材を串にさして焼いていく、俺が串を一本完成させる時間で、ヨシカは三本の串を完成させ焼き始めていた。ヒカリも少し遅れてそれに続く。


 するとあたりは香ばしい匂いに支配され、無くなっていた食欲が早くも復活の兆しをみせた。


 そして完成する第一陣。

 ヨシカとヒカリの串が俺の前に置かれる。


「あの、これはなんでしょうか」

「審査員をお願いします。美味しそうと思う方から食べてくれるだけでいいので」


 勝負ってこのとこか。

 置かれているのは二本の串、公平性を保つために、誰がどっちの串を作ったかは教えてくれない。両方から共に美味しそうな匂いを発しているので、どっちを食べてもいいのだが、先にどっちに手を付けるか。


 食材を買った場所は同じ、違っているのは、刺した具材の並びと焼き方ぐらいか、あ、でも、こっちの方は少しだけ具材が小さくなっている。一口で食べやすいように一手間かけたのか、それなら選ぶのは工夫が感じられるこっちにしよう。


「よし!」


 俺が一本の串を手に取ると、ヒカリが小さくガッツポーズ。これはヒカリの串だったのか。


「さすがはヒカリさん、なかなかやりますね」

「食べる前の見た目の勝負なら、工夫次第ではヨシカに勝てるチャンスがあると思ったからね」

「勉強になりました」

「それじゃ約束通り、これは私がもらっていいかなサトルくん」


 約束をした覚えはないけど、ヒカリが俺の焼いた串を持っていた。

 もしかして俺の焼いた串がこの勝負の景品になっていたのか。


 見方を変えれば、焼いた串同士を交換しただけなんだけど、完成度に違いがありすぎる。俺の焼いた串は食材にちょっと焦げ目が多く、ギリギリ失敗じゃないって感じなのに対して、こっちのは食べやすいように一手間かけてから完璧に焼きあげている。


 この二つを交換するのは、いたたまれないのだけど。


「いただきます。ん~」


 俺の串をとても幸せそうに食べるヒカリと、それを羨ましそうに見つめるヨシカ。


「おいしー、サトルくんのはじめてもらっちゃった」


 ちょっとヒカリさん、その言い回しはわざとですか、食べている口元を手で隠しながの流し目って、ここが屋外でみんながいるから我慢できるけど、その色っぽさは危ない、俺の鋼の理性だって粉々に粉砕されそうな威力です。


「サトルさん、わたくしのも食べてください」


 こっちもこっちで天然アタックのレベルが高い。


 脳内変換で『わたくしも食べてください』になってしまったぞ、どうなっているんだバーベキュー、外で解放感と一緒に癒されながら楽しい食事だってイメージを今までもっていたけど、こんなデンジャーでサバイバルな行事だったのか。


「ヒカリもヨシカも最初から飛ばしすぎ」


 危なかったホカゲが助けに来なかったら、危険な妄想がどんどんとヒートアップしていきそうになった。

 気持ちを落ち着かせるために、今度はヨシカの串を食べた。


「な、なんだこれは」


 ヒカリと同じ材料で作ったはずなのに、味が違う、食材が口の中で溶けて混ざり合い、極上の舌触りまで与えてくる。

 見た目ではなく味で勝負していたら、ヒカリには悪いが結果はヨシカの圧勝だった。


「信じられないくらい美味しかった」

「屋外でお肉を本気で焼くのはこれが初めてだったのですが、喜んでいただき嬉しいです」


 そうか、あっちの世界では魔物が徘徊していたから、屋外での調理はなるべき匂いがでない物を中心にしていたな。つまりこれが本気になったヨシカの調理スキルなのか、味わい尽くしたと思っていたけど、限界はまだまだ先がありそうだ。


「手応えを感じました。わたくしの腕はまだまだ伸びしろがあります。次の機会にはもっと腕を磨いておきますので楽しみにしていてください」

「ああ、楽しみにしてる」

「絶対ですよ、絶対に次もバーベキューをしましょうね。何度でも」

「もちろん、何度でもやろう」


 なんてない会話から、小さな約束が増えていく、リップサービスではない本気の願い。

 どうかこの約束も果たされる日がきますように。

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