第89話『後1日、金曜、買い物』

 昨日はとんでもない物を食べてしまった。

 ヨシカが仲間になってから、食べ物関係で失敗したのは初めてかもしれない。


 ゲーセンを出た後は、口直しにケンジリクエストの牛丼屋に行ったのだが、カウンター席しかない牛丼屋、それも混みだす夕方の時間帯に八人も入れるわけがなく、テイクアウトに切り替え、ファンサムのボイスチャットでテイクアウト牛丼の感想を言い合うという、これまた初めての経験をさせてもらった。


 ヘッドフォンから聞こえるヒカリの咀嚼する音が色っぽく聞こえたり、ヨシカが口がまだイカの匂いがしますとか言い出したり、牛丼には熱いお茶だとこだわりを持つタンガがそのお茶をこぼして。


「アツ!」


 と悲鳴をもらすと。


「え、燃えてるの、今冷ますから」


 とタンガのアバターにサリが水魔法をぶっ放したり。


「そっちじゃない、ゲームは関係ない」

「え、リアルのタンガッチに水を掛ければいいの」

「やるなよ、お前なら俺の家まで射程圏内だからな、冗談だとしても怖いぞ」


 まさか牛丼一つでここまでの新体験が味わえるとは思いもしなかった。

 とにかくまあ、昨日も楽しい一日だった。


 ケンジの時間停止が切れるまで後1日、正確には今晩の日付が変わった直後くらいに解除されるそうだ。なので時間に置き換えれば残された時間は、八時間くらいかな。


 俺たち八人は今、学園帰りで大型スーパーにやってきている。


 今日のやりたいことリストを消化するためだ。本日のスケジュールはヒカリ希望のバーベキューとタンガ希望の花火をヨシカ宅でまとめてやることになっている。

 これで、リストに残る項目は、ケンジ希望のカレー屋だけ。


 二十四時間営業のカレー屋もあるので、今夜の後始末が終わったら、帰りに寄ることになっている。


「みんなお肉はどれくらい食べるかな」

「向こうの世界にいた時は、お肉は塊で簡単に手に入れられましたが、日本では一パックでもそれなりのお値段がします。悩みます」


 あっちの世界では大型バスよりもでかい牛に似た魔物が普通にいたからな、それに下位の魔物の肉なんて、銀貨数枚で一週間分の量が買えた。あれは日本円に換算すると二千円もかかっていないと思う。


 ヒカリとヨシカが精肉コーナーで真剣に吟味をしている。

 八人行動なので例によって軍資金はケンジが持つ報奨金から出ているのだが、それでも、ここからここまでくださいなんって、リッチなショッピングはしない。


「サトルくん、こっちとこっち、どっちがいいかな」


 ヒカリ、肉について聞かれても俺は判断できる知識を持っていない。右の方がやや白い部分が多いかなって思うくらいで、どっちが食べたいかなんてわからないぞ、俺が唯一選ぶ基準は安いか高いかだけで、味で肉を選んだことはない。


「ごめん、正直わからないので二人の判断に任せます」

「なるほど」

「こうなったら、サトルさんに食べ比べてもらい、次回の参考にするしかありませんね」

「そうだねヨシカ、だったらいろんな種類のお肉を少しずつ買って好みを聞いてみなくっちゃ」

「名案です」


 先ほどまで、値段と量で悩んでいたのが嘘のようだ。

 ケンジを呼び寄せ、軍資金の追加交渉からの荷物持ち。

 俺とケンジは聖騎士様と聖女様の後ろに付いた従者のごとく、買い物籠を抱えて付き従う。


「ようやくまとまった金額を使ってくれたか」

「すまん、俺の一言で火をつけてしまったみたいだ」

「気にするな、これはみなのお金だ、使い道もなく、いつまでも預かっているのは心苦しくもあるのだぞ」


 なんかすまん、受け取りたくはないと断ってしまったので、考えてみれば、そのお金は全てケンジに管理してもらっているんだよな。

 だからって直接受け取りたいとは思わない、別の方法で、例えば部室ダンジョンの宝箱に中に小分けにして入れておくとか、ダンジョン突破の報酬ならみんなも抵抗なく受け取れんじゃないか。


「サトルくん、ケンジくん、これも籠に入れて」

「仰せのままに」

「飲み物はいいのか」


 食材は大量に籠に入っているが、飲み物は少な目だ。気持ちソフトドリンクは入ってるが、これでは八人分には少なすぎる。


「今回はバーベキューをみなでやるのが趣旨でしたので、手作りは飲み物にこだわってみました。すでに家の方に十種類のお茶に紅茶、そして自家製のコーラやサイダーにも挑戦したんですよ」


 お茶や紅茶はお嬢様ヨシカのイメージに合っていたから驚きはなかったけど、コーラやサイダーにまで手を出していたとは、これには度肝を抜かれました。


「私もヨシカから話を聞いた時にはビックリしたけど、ネットで調べてみると、けっこうコーラのレシピとか公開されてたんだ」

「自信ありそうだな」

「もちろん、サトルくんの口に入る物だもん」

「絶対の自信を持っておススメできる仕上がりですので楽しみにしてください」


 ヨシカの絶対の自信か、それを商品化できれば青磁家は本家の飲料メーカーに負けない規模でシェアの獲得ができるかもな。


「おーい、食材はまだ買い終わっていないのか」


 目的の物が全てあつまり、レジに向かっていると、すでに会計を終わらせた花火買い出し組が、あちらも両手いっぱいに花火を抱えてやってきた。


「これから会計、もう少しだけ待ってくれ」

「了解」

「それにしてもすごい量を買ったな、今日中にやりきれるのか」

「できなかったら、次回にまわせばいいだろ、シーズンじゃなかったから、けっこう自由に選べて買いすぎちまった。夏にも花火パーティーをやるぞ兄弟」


 この一週間は本当に楽しかった。


 そして、狙ってもあったけど、自然と明日以降の予定を作りたがるみんな。

 まるで俺を、引き留めているように感じるのは自意識過剰だろうか、そんなことを考えてしまった。

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